トーチ

2019年3月1日 金曜日

路上での遭遇

こんにちは。トーチ編集部の関谷です。

花屋にならぶラナンキュラスとチューリップが綺麗な今日この頃、僕は花粉症の症状がひどく薬を飲んで過ごしています。皆さんはいかがおすごしでしょうか。

トーチwebは早いもので創刊して4年と7ヶ月経ちました。最近は『トーチ漫画賞』の企画や海外コミックスの翻訳出版をはじめ、マンガ大賞の最終選考に初めて『サザンと彗星の少女』がノミネートされるなど、また新たな局面を迎えています。これまでのことを振り返るとその時々で局面が違っていて、創刊からだいぶ遠くまできたような気持ちになります。その局面の変遷や変性、僕たち編集部員が大切にしていることを少しでも読者の皆さんにブログでお伝えできればと思っています。

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さて、突然ですがトーチを運営するにあたって変わらずに意識し続していることの一つに、web媒体ではあるけど紙の雑誌にあるような「偶発性」を大事にしたいよねってことがあります。掲載している作品のジャンルはバラバラで、漫画の他にエッセイを載せたりしているのも、例えば美容室でたまたま手許に置かれた雑誌をなんとなしにパラパラめくって見つける記事や写真が、新たな発見や価値観を獲得する契機となることがままあり、その偶然こそが日々の楽しみであるという実感があるのです。トーチの連載作家との交流や作品の企画も偶然からはじまります。それはたまたま路上で遭遇するのです。

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2012年に熊野へ旅行したときのこと、新宮城跡からの帰り道をあてどなく古くからありそうな道を選んで散策していると、いつ建築されたのか見当もつかないバンガロー風の洋館でありながら瓦屋根のモダンな木造住宅に遭遇しました。かなり傷んでいますが、住宅を囲む塀や植栽を含む和洋の調和が何とも言えない佇まいで寂しくも趣があります。表に回ると「西村伊作記念館」とあり、誰のことやら知りません。新宮市といえば中上健次くらいの知識で、彼が生まれた路地から線路を挟んで北側のあたりに位置する立派な邸宅が並ぶうちの一つだった記憶があります。いつも旅行は旅先での交流で得た情報や街の匂いから勘と即興で振る舞うのが好きで、熊野への旅も交通の便が悪い半島の風土を感じたいというのと熊野古道を歩きたいくらいのもの。「西村伊作記念館」は格好の出会いでした。

入館料100円。その光景にひどく震えてしまった僕は中へと入り、西村伊作という人物と逢うことになります。その建築と室内の調度品の設計、飾られた油絵や陶器、窓を滑らかに上下運動させる仕組みまであらゆるものが彼によるもので、そんな空間に展示された彼の略歴(大逆事件で処刑される大石誠之助の甥、文化学院創設者など。詳しくは検索してみてください)を眺めていると、「霊的」とでも表現したくなるような静かで穏やかな衝撃に包まれていました。興奮そのまま入口で販売していた『我に益あり−西村伊作自伝』(1960 紀元社)を手に入れ管理人の方と話していると、その本が本館での在庫も最後でだいぶ前に絶版している本だということを知りますが、それはもはや西村伊作への直観を裏付けするオマケのような話です。

家に持ち帰り本を開くと、波乱万丈な幼少期や叔父・大石誠之助との関わり、家族との生活態度や建築家の坂倉準三が娘婿にいたりする家族構成(坂倉準三建築に惹かれていたこともありビックリ、その血縁を辿っていくと現在のZeebraまで繋がっていたりしてまた興味深い。ちなみにZeebraは文化学院中退で中原昌也とクラスメイト)、与謝野晶子・石井柏亭・佐藤春夫らをはじめとする交友関係をもとに開校する文化学院、そこで教鞭をとる錚々たる面々を集結させる編集手腕とその思想に更に興味を持ち、関連書籍を追いました。『きれいな風貌–西村伊作伝/黒川創』(2011 新潮社)の表紙を飾る若かりし西村伊作の立ち姿がまた最高で…。翌年には軽井沢にあるル・ヴァン美術館(西村伊作建築)を通りがかった際にたまたま西村伊作展が開催されていて拝観できるなど関心と偶然が持続していきます。

それらが僕の中で数年かけて、例えばリイド社を創立した先代社長・斉藤發司の足跡や周辺の文脈を調べ聞いたり、同人誌としてはじまる『文藝春秋』を立ち上げた菊池寛の振る舞いを自伝や評伝から伺い知り、『モーニング』と『アフタヌーン』を創刊した栗原氏の態度に共鳴したり『Quick Japan 創刊準備号』を眺めたりと…ほんとこれは僕の個人的な話で読者の皆さんにとってはなんのことやらって感じかもしれませんが笑、日本の出版事業に限ればそのあたりの手つきを解釈したものが混ざり合い発酵し、全く違う形ではありますがトーチweb創刊に繋がっていったというのが僕の実感です。辺境の観光地を名乗るトーチwebにおける土の部分ですね。

職場の机には『我に益あり−西村伊作自伝』が今も並んでいます。

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長くなりました。

我が家は大家さんの庭園の片隅にある少し変わった借家で、その庭に咲く梅が見事な最近の東京です。週明けの雨でもうお終いかな。

それでは、また。