トーチ

2019年10月1日 火曜日

僕としまじろう

先に言っておくと、僕は今から綴る「アニメーター」に関しての記憶が、かなり断片的だ。あんまりない上で、あえてこの話に挑む。どうか僕の挑戦を最後まで見届けていただけたら、素直に嬉しい。
あれはたしか、いや絶対に、絶対に小学生の頃だ。(ハァ…ハァ…)僕は当時少年野球と水泳の二足の草鞋を履くスポーツマンだった。
両利きの私は、基本左利きが主力にも関わらず打席はなぜか右打ちの三振王。野手につけばトンネル番長。ライトで8番ベンチマスターと、まるで使い物にならないへっぽこ球児だった僕は、まだ水泳の方が向いていたようだ。
今でも海に入れば心はまるで当時の頃に戻ったようで、しかし体が全くついていかないという、シンクロ率100%を下回った初号機とシンジくんみたいになる。
そのためなるべく海は視界に入れないようにするのだ。ところで私はクロールの息継ぎは右で行うのが自然なのだが、皆さんはどうだろうか。
さて、気を取り直して僕は水泳を習っていたのだが、そのスクールでは普通「先生」と呼ぶべき人間を「アニメーター」と呼び、「いやどこがやねん」と突っ込んで「もうええわ」と退場してしまいそうになる毎日であった。
そんな、泳法研究に限りを尽くしたエリート集団、「アニメーター」たちの中に、「島アニメーター」と言う男がいた。
彼は、僕らが小さかった分、巨漢の印象があり、顔立ちはちょうど俳優の柄本時生さんのようだった。気がする。
体はひょろひょろペラペラだったことは鮮明に記憶している。
そんな島アニメーター。生徒に無関心そうでも優しくレッスンしてくれていたかな。僕は多分、島アニメーターを人として好きだったと思う。知らんけど。
そんな温和なスイミングライフを過ごしていたある日、奇跡は起こった。
その日も担当は島アニメーターで、僕はやったぁと呑気に喜んでいた矢先。ある生徒が切り出した。
「先生、下の名前なんて言うん?」
「ん。ジロウ。」
「へ~ジロウって言うんやね。」
その時、僕はこのとんでもない奇跡に一ミリも気がつかなかった。相変わらずのバカ面だった。
そう、その男つまり「しまじろう」その人であった。
面倒見がよく、オデコと頬に黒しまのついた愛くるしい子虎の方は1993年登場。
「しまじろうアニメーター」と”子虎”は全く接点のない、互いが別々のアイデンティティーを持つ生命体同志であった。
意図しない同姓同名という奇跡(しかも相手は子虎)は、クルミの殻を肘に擦りつけたらタイムリープできる体になってしまった確率くらい珍しいのではないだろうか。僕はそんな奇跡に齢8つにして遭遇した。断片ではあるが、当分忘れることはないだろう。
以降、ふとテレビをつければ、そこにはいつものようにハッピージャムジャムを舞い踊る子虎の姿があった。その時僕には、いつも優しく背泳ぎを教えてくれた「島アニメーター」の泳ぐ姿が思い浮かぶのであった。

こんにちは、はじめまして。白石と申します。大阪生まれ。京都の大学に在学する3年生です。
現在、トーチ編集部に御縁あってインターンシップ実習中の身です。
トーチ編集部の職場はとても温厚な印象を持ちました。皆さんがとてもご親切で親身に対応してくださったので、常時タジタジしておりました。心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
一週間という短い期間ではありましたが、リイド社の、そして東京の温かさを垣間見た気がします。
京都へ帰ったらまた日常の始まり。今日も一日頑張っていきましょう。

(インターン最終日リイド社屋上にて。トーチ編集部と白石くん。)