国境線上の蟹 19

インタールード(2)
〜生産する行為としての移動
 
 
 引越しを控えている。

 というより、しなければならない引越しを先送りしている。

 今借りている部屋の契約が切れるのが11月頭ということで9月の初めに新しい部屋を契約したのだが、そのままズルズルと忙しくしているうちに現在は10月中旬で、自分は仕事でドイツのフランクフルトに来ていて、その隣町であるオッフェンバッハという、東京で言えば明大前、大阪で言えば天王寺のような関係の街にしばらく滞在している。部屋は手つかずのままだ。

 人生において、引越しほど億劫な作業はないと思う。無尽蔵に増殖し続ける本を選別して処分し、必要なものと不要なものを整理してもなお残る、日々の生活の中でいつの間にか増えていった物事と一つひとつ向き合いながら梱包(そして開梱)していくという作業が、これまでに5回ほどの引越しを経てなお、自分はどうにも苦手なままだ。

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 さっきまで「70分遅れ」だった表示が、いつの間にか「100分遅れ」に変わっていた。

 7日ほど滞在していたドイツのフランクフルトを離れ、ミュンヘンへと向かう早朝の駅。前日からの鉄道網の混乱は続いていて、至るところで大幅な遅延や先発・次発の入れ替え、最悪なところだと予告なしのキャンセルなどが起こっていた。

 かつて世界一緻密と謳われたのは見る影もなく、過密ダイヤとトラフィックの増加によって長時間の遅れが日常茶飯事となってしまったドイツの鉄道網ではあるが、陸地を旅するものにとって、それは未だとてつもなく堅固な権力そのものだ。うっかり座席を予約してしまっていたらなおさら、DB(Deutsch Bahn=ドイツ鉄道)がひとたび「遅れます」とアナウンスすれば、それに従うより他はない。

 打ち合わせの類は午後からにしていたので何の支障もないものの、せっかく勢い込んで未明に宿を出てきたにも関わらず肩透かしを食ったような格好になり、ぽっかり空いた時間と空腹を埋めようと、スタンドのパン屋でコーヒーとツナサンドを買った。

「Ein thunfische」(ツナ、ひとつ)
「Ein?」(それだけでいい?)
「Ja, und kaffee mittel」(そう、それとコーヒーMサイズ)
「7 Euros」(7ユーロだよ)
「OK」
「Danke」(どうも)
「Tschüss」(「テュース」=ドイツ語で「じゃあね」くらいの軽い別れの言葉)

 たったこれだけの会話が、ようやく何も考えずに淀みなくできるようになった。大学で少しかじった程度のドイツ語はすでに語彙レベルでも会話レベルでもほとんど更地に戻ってはいるものの、唯一ほぼ問題なく残っているのが文字情報を正しく発音する力で、言葉の意味はわからなくとも、これだけでずいぶん世間での会話が楽になる。

 ドイツ語は英語の大元になった言葉であり、ドイツでは移民を含む多くの人がそこそこ生活レベルの英語を喋れるのだが、ついついそこに甘えそうになる言語野の手綱を引き、記憶の荒野にばらまかれた灰のようなschやern、ウムラウト(ä,ö,üなど文字の上につく点)、エスツェット(ß)を再び拾い集めながら文字情報にすがりつき、なんとか会話を成り立たせていく。たったこれだけのことだが、少なくとも3歳児レベルには回復してきた気がする。

 とは言え、ちょっと困ったらドイツ語と英語の混成文にしてしまえばだいたいの用は足せるので、これはなかなか便利だ。タクシーなどで「Could you turn LINKS on next STRAßE?」(大文字部分がドイツ語=次の通りを左に曲がってもらえる?)と日本でいう〝ルー語〟のような指示をしても普通に通じるし、単語の成り立ちが似ているからあまり違和感もない。これが語族の違うフランス語やスペイン語では、そうはいかないだろう。

 ともかく、そうやって6日の間になんとかドイツ語を少しずつ取り戻してきたのは、ひとえに生活を作るためだ。

 例えば、早寝早起きが多いドイツ人に合わせて夜は宿を取っているオッフェンバッハまで電車で帰り、朝の6時前に目覚めては散歩をし、決まって濃いコーヒーが飲めそうな名前が気に入った「ドン・ペドロ」という喫茶店で朝のコーヒーとサンドを食べる。

 日常があるはずの東京ではいつでもチャンスがある割にまったく習慣化できないこうした行為を、この限られた期間に意識的に行う。所詮は遠くからやってきてまた去っていくマレビトではあるが、少しでも自分の存在する街の習慣や会話やリズムに近づき、そこで起こっていることを眺めながら、その風景がどのような意志、どのような時間、どのような偶然によって作られたのかを考える。自分にとっての旅とは著名な観光地を巡ることではなく、このようにして時間軸の縦と横のつながりを考える行為のことを指す。フライトスケジュール、鉄道ダイヤ、観光名所、宿泊場所といった点的要素をホップすることによってのみ旅を構成するのではなく、0と1の間にある無限の小数点以下の拡がりを拾い集めるように、時刻表やgoogleカレンダーの間を縫って、決してデバイスには記されない固有の地図を拡げていくのだ。

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「ドン・ペドロ」の朝番の店員はいつも同じ眼鏡の女性で、必ず同じような時間にやってきて軽食とコーヒーを頼むアジア人に3日目には「今日はほうれん草のキッシュがおすすめ」と教えてくれ、4日目には戸口に立った自分の姿を見るなりサンドイッチのショーケースに近づき、食器を返す時にはそれまで英語で「Have a good day!」だったのがドイツ語で「Tschüss!」になった。5日目も鳩にパン屑を与えつついたって普通に習慣化された朝食をとり、翌日は日曜日だったので帰り際に「明日はやってる?」と聞いたら「明日は休み! ごめんね」という返事が返ってきた。7日目は早朝からミュンヘン行き。つまり、この日でお別れだ。

 旅に限らず、あらゆる自発的な——たとえ望まざる理由のためであっても、強制的に連行されたものではなく自ら意思決定を下した移動はすべて、未来のほうへと向かう精神と身体の運動である。大学に入るために東京行きの新幹線に乗る少女も、恋人に贈る花を買いに行く男も、遅い昼食に出るサラリーマンも、引越し業者と一緒にトラックに乗り込む若い夫婦も、借金で首が回らなくなって夜逃げする社長も、何かしらの暴力的な力によって故郷を出て行かざるを得なくなってしまったものでさえ、自らの命を少しでも未来のほうに運ぶために荷物をまとめ、足を動かし、乗り物に乗る。

 そして、その未来は必ずしも時刻表や位置情報によって担保されるものではなく、むしろそれらの堅固さの隙間に流れる生活の時間の中で予測不可能なものに出会い、それがやがて習慣や親密な何かになることによって作られることの方が多いだろう。すなわち、移動の総体である生は、本来的にそのままで未来へと開かれている。期待に満ちて。

 いっぽうで、どこかへ行こうと荷造りをすることは、その未来に持っていけるもの以外の全てを置いていくことでもある。長く時を過ごした人や物事であればもちろん、ごくわずかな期間滞在しただけの街であろうと、同じ空気を吸って同じものを食べ、それが体と精神の一部になっている度合いに応じて、離れるときにはそれなりの痛みを伴うだろう。そうした物事を全て振り切って出ていくものでさえ、好悪を問わず何らかの思いは残すはずだ。それでも、人は移動する。大小の邂逅と混交と別離を繰り返しながら、自分が生き、そして自分を生かすために過去に別れを告げ、1秒先に待つはずの何かに向かって。

 ようやく慣れてきた街を去ることも、少しの寂しさとともに、その先に何かよきことが待っているという大いなる信頼によって、可塑性に満ちた未来にベットする行為に他ならない。だから、大丈夫だ。

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 100分の遅れと、直通便のはずが途中駅でなぜか命じられた乗り換えを経てミュンヘンに着き、手配した宿に向かうと、その1本隣の通りが「シラー通り」という名前だった。その名のもとになったドイツの大詩人フリードリヒ・フォン・シラーの詩に、こんな有名な一節がある。

〈時の歩みには三通りある。未来はためらいながら近づき、現在は矢のように飛び去り、過去は永遠に静かに立っている〉
 
 1秒前からすでに始まってしまった過去や、そこに置いてきたものに対して、人はもう何も作用することはできない。だが、おぼろげな未来のほうに自ら少しでも移動していようとする意思によって、人は過去と未来をつなぐ現在という時間の流れを誰にも売り渡すことなく、自分自身のために存在させ得る。そのための言葉や態度、行動がそれを裏付け、補強する。

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 個々人がそれぞれの時間を生きるための固有の意思が移動を生み、そして、その総和が街の動きを形づくる。それが何かのトリガーとなり、また別の人間が自分の時間を生きるために過去の何かに別れを告げ、移動する。すなわち、どのような動機であれ、移動することはただそれだけで世界に直接/間接を問わず、マテリアルに関与することそのものだ。その先に取る行動とその結果も含めて、観念的な意味だけではなく、すべてが実存として、貨幣や交通や物質のやり取りによっても不可分に繋がり、影響しあっている。

 それは、大きく言えば世界そのものを随時更新ないしは生産することであり、世界はその結果としてのプロダクトでもあるということだ。個人レベルから社会レベルまで、未来へと向かう運動体としての我々が何をそこに持って行くべきかについて考えることは、最大のマス・プロダクトであり最小単位のプレミアム・オーダーメイドでもあるこの世界の作りや成り立ちについて考えることでもある。その過程で、いかに多くのものが過去から膨大にこの世界に持ち込まれてきたかを考えることもあるだろう。歴史を考えることは、すなわち今と未来を考えることに他ならない。

 そのうえで、自分自身がその生産に関与したい世界あるいは社会というものがどのようなものであるかを考える。最高級ドイツ製カミソリのように堅固でシャープなものであってもいいし、ちょっと角ばった物を入れただけで少しずつ破れ始める台湾の安いビニール袋のようなものでもいい。それぞれ自分自身のあり方と行動原理にマッチした世界を獲得するべく私たちは移動し、その先にある行動の結果として発生した世界を生き、そこで考えまたは感じたことに関して、再び何かの行動や表現をする。旅人であろうと生活者であろうと、私たちは日々、その営みの中を移動しているのだ。何ひとつ自分と重なることのない、一生出会うことのない人たちとも等しく世界を構成し、等しく世界に作用しながら。

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 そろそろ帰国する。やっぱり、真面目に引越しの荷造りを始めようと思う。

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〈著者プロフィール〉
安東嵩史(あんどうたかふみ)
1981年大分県生まれ。
編集者。移民・移動と表現や表象、メディアの関係を研究することを中心領域とする。

2005年以降、書籍や雑誌からVRまでの発行・執筆・展示・企画などを多数手がける。
2017年にTISSUE Inc. / 出版レーベルTISSUE PAPERSを設立。
ウェブサイトはそろそろ。
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