国境線上の蟹 3

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欲情する「北」、見つめる「南」
 路地をほっつき歩いて小腹が空いたのでスーパーに入り、水とドリトスを手にレジに並ぶと、前のおばさんが1ガロン(約3.8リットル)の牛乳ボトルを4本もカートに入れて順番を待っている。思わず「エイ・ムーチョス!(いっぱいだね)」と声をかけると、「コンパルティール・コン・ミス・イハス(娘たちと分けるの)」と言う。聞けば、「乳製品はアメリカ側で買う方が新鮮なのよ」。おばさんは会計をすると自前のカートに牛乳を入れ替え、重そうに引っ張りながら国境の方へ歩いて行った。
 ここはテキサス州の西端、エル・パソ。『夕陽のガンマン』『ゲッタウェイ』など古い西部劇の舞台にもなる国境の街だ。「ヒスパニック(スペイン語を話す人)」と呼ばれる人が人口の8割以上を占める混交の最前線。最近では静謐な音楽性とモノクロームの美意識が印象的なCigarettes After Sex、自殺相談ダイヤルの番号をタイトルにして話題になったLogic「1-800-273-8255」にもフィーチャーされた20歳のラッパーKhalidなど、個性的な音楽家を輩出する地でもある。アメリカ南西部の古いアドビ(煉瓦)建築を思わせる茶系の色で統一された公共施設が並ぶ中心街は、色味のせいか常に西日が当たっているように見え、街に「果て」の趣を添える。そこから南へ通りを下り、マクドナルドやバーガーキングが並ぶバイパスを横切ると、街は別世界の様相を見せ始める。
 各所で陽気なマリアッチやいなたいメキシカンロックが流れ、雑な作りの衣料品が雑に陳列され、原色の玩具や派手なランジェリー、商店用電飾、「アメリカで使える」SIMカードなどを売る店がカラフルに軒を連ねる国境地帯。聞こえる言葉も、ほぼスペイン語だ。行き交う褐色の人々に混じって南へ歩いていると、やがて途方もなく大きな橋が見えてくる。この橋が、国境を越えてメキシコに行く唯一の合法的な経路だ。

 テキサスとメキシコの境界は「リオ・グランデ(大きな河)」、メキシコでは「リオ・ブラボー・エル・ノルテ(北の怒れる河)」と呼ばれる大河によって定められる。この河を挟んでエル・パソと向かい合うのはチワワ州シウダ・フアレス。サン・ディエゴとティファーナ、ラレードとヌエボ・ラレードなど、両国の国境線上には、このような「双子の街」がいくつもある。
 
 これらのボーダータウンでは、両国の往来、特にメキシコ側から来て帰る人の姿は日常的だ。例えばここエル・パソとフアレスの境では、アメリカ側からは安い歯医者や眼科にかかりに、ドレスやタキシードを安く買いに、もしくは夜遊びに。逆にメキシコ側からは、スニーカーや日々の食料品を買いに、あるいは国境の手前で「メキシコっぽさ」に満足して引き返す観光客に〝メキシコ土産〟を高く売りつけに。アメリカからメキシコへはパスポートすらノーチェックで、その逆はうんざりするような入国審査の行列に並ばなければならないことを除けば、両側の生活圏は溶け合っている。それもそのはずだ、ふたつはそもそも同じ街だったのだから。
 
 カリフォルニア、アリゾナ、ニューメキシコ、そしてテキサスといった地域はかつてスペイン〜メキシコ領だった。300年以上の征服史の中でスペイン人と、コロンブスの大いなる勘違いによって「インディオ」と呼ばれた先住民との混血が進み、褐色のアメリカ人となった人々が住んでいた。しかし1848年、東から来たイギリス白人の国=アメリカ合衆国とメキシコの戦争の結果、土地は合衆国に併合され、彼らはそのまま取り残された。双子の街は、その頃に国境線で分断された生活圏のまま存在している。初めに生活があり、それを他者が隔てたのだ。

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 一方、彼らとは別にメキシコや、さらに南のラテンアメリカ諸国から豊かさを求めて北へ向かう人も20世紀〜21世紀を通じて増加の一途を辿り、合法・不法を問わず多くの移民が国境を越えてきた。高学歴の留学生もいる一方で、強盗や山賊、悪徳仲介業者、砂漠や高山での遭難死に「怒れる河」での溺死、国境警備隊による逮捕などに怯えつつ北を目指す不法移民もいる。
 2018年5月23日、リオ・グランデを渡ってテキサスに入国した19歳の少女クラウディア・パトリシア・ゴメスが、ラレードの近くで国境警備隊に射殺された。グアテマラからメキシコを抜けてきた不法移民で、パスポートは持っていなかった。彼女はたまたま住宅街までたどり着いて息絶えたので事件が発覚したが、その陰には、報道されない無数の死がある。
 アメリカに着いたところで、多くの不法移民は英語も満足に喋れず清掃員、建設現場、皿洗いなどの単純・低賃金労働に就く。彼らは政治や経済の表舞台に登場することなく、永住権や、やがて生まれる子供の国籍取得を夢見て働く。その労働力によって大富豪となった現大統領は、彼らを全員、国境の向こうに放り出してしまいたいらしい。「白いアメリカ」を確かに支えながら見えないものとして扱われる、無数の褐色のアメリカ人たち。
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 カリフォルニア内陸部に、Calexico(キャレクシコ)というボーダータウンがある。メキシコ側はMexicali(メヒカリ)。CaliforniaとMexicoが入れ子になった、象徴的なネーミングだ。
 寂れたキャレクシコと比べ、メヒカリは劇場や大聖堂もある中規模都市。アメリカへの玄関口に自然と人が集まるため、ボーダータウンではメキシコ側の方が賑やかなことは多い。国境ゲートを越えて東に進み、歩道でバックギャモンに興じるおっさんやチョリソー売りの屋台を横目に街区の端まで来ると、真っ白い無機質な工場街にたどり着く。ボッシュ、TTエレクトロニクス、LG、古河電工、パナソニック。
 メキシコ側のボーダータウンにはほぼ例外なく、大雑把に言うと1965年以来形を変えて続く、人件費の安さでアメリカをはじめ外国から企業を呼び込む「マキラドーラ」という制度によってできた工場群がある。メキシコ地理統計院(INEGI)の2017年度の発表では、メキシコの工場労働者の平均賃金はアメリカのおよそ1/9。北米で最も安い部類に入る国境地帯の労働力で、多国籍企業の商品が作られる。北の資本主義が国境を越えてにじみ出したようなこの風景もまた、「白いアメリカ」からは見えない。生き別れの双子の今を、彼らは知らない。
 そんなボーダータウンの名を冠したアリゾナ州トゥーソンのバンドCalexicoは、代表曲「Crystal Frontier」で工場労働者や、国境地帯に生きる人々の日常を歌う。
〈アメリアの顔はマスクに隠れている
テレビ工場のラインで汗を流す
粉々になった心の破片を
仲間の亡霊たちとともに溶接しようとするうち
彼女の微笑みはひび割れ始める
涙の河に沿って、彼女は亡くした子供を探している
透明な境界の上で〉
(対訳:筆者)
 メキシコ人なら誰でも知っている「ラ・ジョローナ(泣く女)」という民話がある。
【メキシコ娘がスペイン人と恋仲になり子供を授かったものの、スペイン人は祖国に帰り、悲しみで気が触れた娘は川に子供を沈めてしまった。以降、彼女は亡霊のように泣きながらさまようようになった】
 川が湖だったり、子供は娘の家族が殺したり、スペイン人は貴族の娘と結婚したりと細かな違いはあるが、基本はこういう話だ。ここに宗主国と、決して正当に扱われることのないメキシコとの関係性を見ることは難しくない。前出の歌詞もおそらくこの伝承を踏まえつつ、現代の宗主国=アメリカと、彼らがフェンスや「大きな河」の向こうに押しやっているものを描いている。

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 アメリカの側から、西部劇のような「南」への越境を夢想することは簡単だ。国境の向こうで男たちを受け入れる原色の地、情熱的な褐色の女。酩酊をもたらすテキーラ、あるいはコカインといった「北」にはない背徳の数々。都合のいい「南」のイメージは、「北」から越える国境のようにたやすくエキゾチシズム——欲情、と言ってもいい——を満たしてくれる。
 だが反対側からの越境、すなわち「北」の欲情を拒否し、彼らの定める秩序を乱して「共に生きよう」と求めることは許されない。政治や経済の解像度で「北」が見ているのは無数のアメリアや無数のクラウディアたちの固有の生ではなく、いわば「都合のいい女」としての「メキシコ娘」である。収奪関係を非効率にするような固有性は、見えないことにされる。その解像度は実に「観光」的であり、ポルノグラフィックであるとも言える。
(そして「北」の側から〝南の諸問題〟を語る我々の口ぶりもまた、そうでないとは言い切れない。アメリカとメキシコが照らす、例えば日本と沖縄。己の視座はどこにあるのか、常に揺らぎを覚えながらも書くしかない。)
「南」は常に「北」を見つめている。「北」が何を言うか、どう振る舞うか。そして、機会を伺い続ける。砂漠の向こうから、河岸の草むらから、路上から、あるいは書斎やスタジオから、自分たち一人ひとりを見えない存在にしておきたがる「北」の視線を縫って、境界の隙間から彼らは現れる。
 フアレスのバンドThe Chamanasは、ポストロックの流れを汲みつつフォルクローレからエレクトロニカまで、ここ数年のバンドらしい折衷性のある音楽をプレイする。この曲でも他者が押し付ける「都合のいい女」像への反発を歌う彼女たちだが、「El Farol(ランタンの意)」という曲では、より直接的にこう歌っている。
〈太陽が出てなくても私の部屋の明かりは点っている
海で溺れ死んだって見分けられる
あなたのシグナルを見れば、あなただとわかる
そこには「もっと結びつくか、諦めるか」と書いてある〉
(対訳:筆者)
 他者を消費記号として捉えている限り、自分自身もまた固有性を無視され、横暴な宗主としか見なされ得ない。「欲情」の解像度を超え、我々はお互いの顔を照らし得るか。
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 夜になってから、エル・パソの背後にそびえるフランクリン山地に向かう。この山腹には、市街地、そして国境を越えてフアレスの街が一望できる展望台がある。遠く地平線まで広がる、無数の街明かり。断絶に抗うようにそれぞれの固有の生が輝き、その片隅の闇のどこかでは、今日も誰かがコヨーテのように瞳を光らせて、フェンスをすり抜ける時を窺っている。

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〈著者プロフィール〉
安東嵩史(あんどうたかふみ)
1981年大分県生まれ。
編集者。移民・移動と表現や表象、メディアの関係を研究することを中心領域とする。
2005年以降、書籍や雑誌からVRまでの発行・執筆・展示・企画などを多数手がける。
2017年にTISSUE Inc. / 出版レーベルTISSUE PAPERSを設立。
ウェブサイトはそろそろ。
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