『バロン吉元 画俠伝』編者・山田参助より

僕が読者として漫画を読み始めた80年代前半、すでに「劇画」という言葉からイメージされるものは、「リアリズムを表現している漫画」というより「バイオレンスやアクションが等身の高いキャラクターによって表現されている漫画」という意味合いが強いものであったような気がする。
当時の自分は、「人物の等身が高くて斜線で陰影が付けられている絵」=「リアルで劇画的」と大雑把に断じられる現象をうまく受け入れることができず、自分の周りで「劇画」とよばれているものの「リアルでなさ」、自分が生活している現実世界との違いばかりが気になってそれが辛かったけれど、後に、60,70年代のガロやCOMの作家、辰巳ヨシヒロや永島慎二を知ったりその時代の映画に触れることで、映画や文学と同じような題材を漫画で扱っているものを「劇画」と呼ぶ場合もあるのだと知り、それであれば自分にとっての現実とぐっと近いものに感じられてずいぶん気持ちが楽になった。
そうやって慣れればちょいと余裕も出て、現代とは価値観が違うので読みにくいと思っていた作品とも距離のとり方を掴めるようになってくる。そんなとき出会ったのがバロン吉元の劇画だった。
復刻版「どん亀野郎」を大学の書店で見つけてその箆棒な絵の達者さ、そして男性的な作風ながらも男のナルシシズムにサービスしすぎない大人の冷静さに打たれて以来、代表作「柔侠伝」シリーズや「殴り屋」「高校四年」「十七歳」シリーズと、あれよあれよとその劇画世界に引き込まれていった。
とにかくまずキャラクターデザインの巧みさ。
「殴り屋」の主人公、元ボクサーで今は横浜の歓楽街の用心棒である呑舟のビジュアル。鉢の座った頭に天然パーマ。精悍だがハンサムとはいえない殴られて鼻が潰れた顔。いつも着ているのは厚手の織のスーツにタートルネックのシャツ。その人物の過去、肩書きがひと目でわかるデザイン。
「高校四年」に登場する木工科の教師六反田の、長身に乗っかった無精ひげのベビーフェイス。やはりひと目で昼行灯キャラと思わせるデザインの、絵でわからせる力の強さ。
群像劇ゆえのキャラクターデザインの幅の広さにも驚かされる。
等身が違うどころじゃなく線の密度まで異なっているキャラクターが同じコマ空間に違和感なく存在する奇跡。バロン先生の描く痩身、肥満体、短躯、長躯 色男、ぶ男。美女、醜女。それぞれが自身のカタチを当たり前のものとして無意識に受け入れながら、同時にそれぞれのカタチゆえの悲しみも内包しているのが伝わるような絵なんだなあ。
それが短編、長編と分け隔てなくそうなので、短編の登場人物はことさら濃密に感じる。
そしてセツ・モードセミナーでスタイル画を学んだという経歴に深く納得させられるキャラクターの洗練されたファッション描写。洋服は勿論、和服の描写の美しさ。何より舌を巻くのは、絵を描く人間ならだいたいその難しさを知っている「人物の帽子を被ったシルエットがファッションとして成立している」という点。男性キャラクターが帽子をハスに被った姿のファッションとしての格好良さ。帽子の被り方で生まれる表情を意識的に描く漫画家はこの人以外にちょっと類を見ないのではないか。
バロン作品のシナリオも不思議だ。
同時代の他の作家と比べて何が違うのだろうと考えて、「情緒的でない」ということが特徴として挙げられるのではないかと思い当たった。だいたい70年代のメジャーな劇画は情緒的、感傷的な表現が多いように感じる。かつ、真顔なので、読んでいて気恥ずかしくなる可能性をあらかじめ予測して現代との距離を測りながら読まなければ、そこに描かれた情念的世界が必要以上に上滑りして見えてしまう。
これは「蝶々」を古語表記で「てふてふ」と書くとなんだか面白いような気がしてしまうのと似た現象だと思うんだけど。
そういう気恥ずかしくなる心配がバロン作品にはほとんどない。それは過剰に情緒的であることを避けているからだと思う。
乾いているというのか。
乾いているが冷たくはなくギャグや愛嬌のある演出が散りばめられている。
地味なのかと思えば非常に濃密なシナリオだったりする。これが不思議に個性的なバランスなんだな。
バロン先生の物語世界は基本的に乾いているけど、その中に生きている人物にはハートがあり、血が通っている。「世界は優しくない(ここが大事)が、優しさの種を内包している人間がいて、ポロリとそれを見せることがある」というメッセージを僕は受け取る。
漫画や劇画は進化し、技術は更新されていくものだけど、その進化の過程で失われたものが沢山あることに過去の作品を読んでいるとおのずと気付かされることがある。
今それらを振り返り、現在の漫画が何を失っているかを発見する時期が来ているのではないか。そのモデルとしてバロン吉元作品から得るものは大きいと僕は思っている。

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