ホームフル・ドリフティング 16

#16 ホームフル・ブックガイド
 
 
 連載一六回目にして書くことでもないような気がするが、この連載『ホームフル・ドリフティング』が始まるきっかけとなった本が実は三冊ある。それらの本を知ったころはいまのようなオフィスもなければシェアサイクルの存在も知らず、なぜか毎晩あちこちを歩いていた。

 終電で寝過ごす。慣れない駅で目が覚め、うとうとしたまま駅の外に吐き出される。グーグルマップを開く。自宅までは徒歩一時間。仕方なく歩き始める。こんな調子で夜の散歩は始まる。似たような地域を歩くこともあったし、よく知らない地域を歩くこともあった。

 ギー・ドゥボールのことを知ったのもそのころだ。一九三〇年代のパリに生まれたドゥボールは前衛集団シチュアシオニスト・インターナショナルの創設者であり、『スペクタクルの社会』は彼(ら)の思想を紐解く上で最も重要なテキストのひとつ。

 正直、自分がこの本を理解できている自信はまったくない。ただ、彼らが提唱する「漂流(dérive)」という活動がとにかく魅力的に思えた。彼らは「漂流」することで日常生活から切り離され、地図や常識によってつくられたイメージとは異なるあり方を見出そうとする。自分が夜ごとふらふら街を歩くこともまた、漂流のようになればいいなと思っていたのだ。

 こうして自分なりの漂流は続いたが、せっせと歩いているうちに今度は眠くなってくる。家に帰るまで眠れないのは当たり前だが、一方ではそんな当たり前が嫌だった。だって、街をふと見回してみれば、横になって気持ちよく眠れそうな場所がいくらでもあるのだから。街の中にベッドを見出すことはいくらでも可能なはずだ。

 そんなしょうもないことを考えているうちに、以前イアン・ボーデン『スケートボーディング、空間、都市』を読んだことを思い出した。スケーターは街なかの階段や手すりに「コンクリートの波」を見出す。既存のあり方とは別の仕方で都市空間や建築を捉え直すそれは、資本主義的な現代建築への批判であり陳腐化した日常生活への抵抗なのだと同書は語る。

 ついぞ路上で寝始めることはなかったが、街なかにベッドを見出そうとすることは、日常生活への抵抗でもあった。抵抗はささやかだがしぶとく、次第にベッドだけではなく家がもつあらゆる機能を街の中に見いだせるような気がしてきていた。

 そんななかきわめつけの一冊となったのが、ジグムント・バウマン『リキッド・モダニティ』だった。バウマンの言うとおり現代社会は流動性が高まり「液状化」しているのであれば、ぼくらのホームも溶けて液状化し街のあちこちに広がっているのかもしれない。そんなことを考えているうちに「ホームフル」という言葉を思いついたのだ。

 しかしまあ、いまにして思うと、どの本にも「ホームフル」的なことは全然書かれていないような気もする。勝手に誤読されて勝手に思いつかれるのだから、気の毒というほかない。

※この三冊を神楽坂・かもめブックスの選書コーナー「はたらく本棚」でも紹介しています。すべてかもめブックスで購入できますので、この機会にぜひ足をお運びください。
http://kamomebooks.jp/


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《著者プロフィール》
もてスリム
1989年、東京生まれ。おとめ座。編集者/ライター。
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