ホームフル・ドリフティング 2

#2 羽田空港国際線ターミナル
 空港はいつだって誰もが通り過ぎていくための場所で、だから風通しがよくて居心地がいい。国際空港ともなればなおさらだ。年齢・性別・人種・国籍を問わずさまざまな人々が入り混じり、どこかからやってきて、またどこかへ去っていく。
 空港でじっとしていると妙に気持ちがいいのは、そうした流動性のせいでもあるのだろう。出国する人と帰国した人に囲まれながらただ空港で時間を潰していると、 流れるプールの中で動かず立っているときのような、気持ちのいい抵抗感と孤独感が味わえる。だから飛行機に乗る予定もないのに空港にいるときほど気持ちのいい時間はない。
 オフィスを出て終電で羽田空港国際線ターミナルへ向かう。浜松町駅で山手線を降り、モノレールのホームへ。国際線ターミナル駅に着くと時刻は二四時過ぎ。ちょうどいい時間だ。空港はそれなりに賑わっていて、バスのチケットを買う人やタクシー乗り場へ向かう人が自分とは逆の方向へ流れてゆく。
 深夜便・早朝便があるおかげで羽田空港の国際線ターミナルは二四時間開いている。夜は長い。ベンチに座ってノートパソコンを広げ、やり残した仕事を進めながら目の前を過ぎ去っていく人々の様子に意識を傾けよう。二四時を過ぎ、二四時半、二五時、二五時半。少しずつ人の流れは緩やかになっていき、ベンチで眠りにつく人の数が増えていく。二五時半にもなると、横になれそうなベンチはほとんどいっぱいだ。
 パソコンを閉じて、到着ロビーと出発ロビーを順繰りに歩き回ってみる。ベンチで横になって眠る人、座りながら眠る人、あるいは床に寝転ぶ人──エスカレーターでさらに上の階にあがると、そこにはより魅惑的な光景が広がっている。営業時間を終えた飲食店の前のベンチが次々とベッドに姿を変えるからだ。そこではそれぞれがそれぞれのやり方で自分のスペースをつくりだしている。ひとりで眠るバックパッカーもいるし、ふたりで身を寄せながら眠るカップルもいる。友達同士でスーツケースを寄せ集める人たちも。彼らはどこか自分の「巣」をつくろうとしているようでもある。即席の、数時間だけ過ごすための巣。
 昼から夜に、夜から深夜になるにつれ、空港はうっすらとその機能を変えていくのだ。特に二五時から二九時までの四時間、空港は巨大なベッドルームになる。人々は動き回ることを止め、思い思いの場所で眠りにつく。ぼくらはどこで寝てもいい。ベンチで寝ても床で寝ても咎める人はいない。だって空港全体がベッドのようなものなのだから。それは空間にバグが生じてしまっているようでもあって、だからなんだか痛快だ。
 気がつくと時計の針は二六時を指している。いい加減ぼくも歩き回るのに飽きて、自分の巣をつくるのにちょうどいい場所を探し始めることにした。四階、「江戸小路」と名付けられたエリアに置かれた赤い和風のベンチがちょうど空いている。決して大きなベンチとはいえないが、ひとりだしまあ十分だろう。
 ベンチの上に横になって、体を少し縮こまらせる。バッグは枕に、ジャケットは毛布に。ちょうどいい体の置き方を探りながら、ゆっくりと目を瞑る。寝心地はだいぶ悪くて、さっさと家に帰って寝ればよかったのになと思う。

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《著者プロフィール》
もてスリム
1989年、東京生まれ。おとめ座。編集者/ライター。
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