ホームフル・ドリフティング 30

♯30 シェア、ダンスフロア
 
 
 「ホームフル」のホームとは、誰のものだろうか。街の中に遍在するホームはわたしのものでありあなたのものでありわたしたちのものであり、同時にそのどれでもない。それは「シェア」と似ている。

 シェアはすべての参加者に対象へのアクセスを許す。だからそこにプライベートは生まれない。カーシェアサービスの自動車を好きなようにカスタマイズできないように(もちろん、限られた形での例外はありうる)。シェアはわたしたちに対象の所有権を与えながら、常に「それはあなたのものではないですよ」と語りかけてくる。

 ならば、家の機能が分散しホームフルになればなるほど、わたしたちはプライベートな空間を失っていくのかもしれない。家を分散させることは、しばしばそれをほかの人とシェアすることとつながるからだ。すべてがシェア可能でプライベートが消え去った世界はだいぶクリーンなはずだ。犯罪だって少なくなるかもしれない。

 たとえ人に見られて困ることがなかったとしても、プライベートのない世界はどこか寂しい。ホームにはプライベートな空間が必要で、そうでなければホームそのものが瓦解してしまうかもしれないとさえ思う。だからぼくはプライベートな空間を大切にしたい。

 プライベートを感じる空間は人それぞれ異なるだろうが、ぼくが真っ先に思い浮かべるのは「クラブ」だ。いや、人がいっぱいいるしめちゃくちゃ開かれてるでしょ、と言われそうだけれども。クラブ通いしてるわけでもないでしょ、と言われそうだけれども。でも、ぼくが一番プライベートを感じるのはクラブで、ダンスフロアの上なのだ。そうなのだからしょうがない。

 とりわけそのことを意識するのは、海外のクラブを訪れたときだ。周りに知り合いがひとりもいないという事実が強烈に作用していることは言うまでもないが、ひとりで音楽を聴きながらフロアでふらふらしているとき、それは紛れもなくプライベートで、自分以外の何者かが立ち入ってこれない時間・空間だと感じる。異論はいくらでもあると思うけれど、たとえそこが広大なクラブで多くの人がいたとしても、そこはぼくにとってそれぞれが無数のプライベートな時間を過ごしている空間なのだ。流れる音楽に合わせて体を動かすこと、それはぼくにとって非常にプライベートな振る舞いだし、ほかの誰かにとってもそうであってほしいと思う。

 だからクラブはぼくにとって希望のある空間で、たとえ自分が日常的に行くわけではなくても、街にとって非常に重要な場所なのだといつも思う。めちゃくちゃな理屈だし、クラブ好きの人から怒られそうな話だけれど。

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《著者プロフィール》
もてスリム
1989年、東京生まれ。おとめ座。編集者/ライター。
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