ホームフル・ドリフティング 37

♯37 ホームフルの理論から実践へ
 
 
 二カ月以上この連載の更新が滞ってしまっていた。のは、もっぱら自分の怠惰によるところなのだけれど、この二カ月で自分とホームの距離感が変わってしまってもいた。数カ月前から毎月出張で一週間ほど日本を離れるようになり、家にいる時間がこれまで以上に少なくなっていた。出張の準備や戻ってきてからのあれこれを含めれば月の半分くらいは心が東京にない状態。次第に、どこがホームでどこがホームでないかを気にすることもなくなっていった。

 なんてことを書くとまるでホーム意識の喪失をもってこの連載が終わってしまうかのようだが、もちろんそういうわけではない。むしろ自分にとってホームフルはより一層身近になっているからだ。というより、あちこち行きながら生活せざるをえなくなってしまったからには、ホームフルでなければ健やかに暮らしていけない。そういう意味では、自分の関心もホームフルの理論から実践へと移りつつあるのかもしれない。理論らしい理論が打ち立てられたためしはないが……。

 いま一度整理しておこう。シェアリングサービスやサブスクリプション型サービスの普及、暮らし方や働き方の変化、コミュニティや家族の有り様の移り変わりにともなって、わたしたちの「家」や「ホーム」も変わってきた。かつてはみずからが住む空間である家とホームはぴったり重なり合っていたが、家の機能は街の中に分散していき、同時にホームもあちこちに広がっている。このように「ホーム」が遍在する(可能性がある)状況を、ぼくは「ホームフル」と呼びたい。これは理想的な暮らしの定義でもないし、新たなライフスタルの提案でもない。ただ、世界がホームフルに向かっていると思っているだけだ。それはさまざまな出来事が生じた結果、地球が温暖化していると考えることと似ている(実際に温暖化しているかどうかはさておき)。

 世界はホームフル化しているが、わたしたちの体や心が同時にホームフル化しているわけではない。それにホームが遍在するからといって文字通りすべての場所がわたしたちのホームになるわけでもないだろう。わたしたちはこれまでのホームとこれからのホームの間で宙吊りにされていて、だからいまはなんだか居心地が悪い。

 この連載を通じて街の中から拾い集めてきた「ホーム」を参照し、今度はあちこちを移動しながらあちこちにホームをつくっていったりつくっていけなかったりしようとしている。東京で、上海で、ソウルで、台北で。あるいはベルリンで、パリで、ニューヨークで。「ホームフル・ドリフティング」をホームフルの実践と〝漂流〟の記録として再び考えなおしていきたいのだ。

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《著者プロフィール》
もてスリム
1989年、東京生まれ。おとめ座。編集者/ライター。
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