ホームフル・ドリフティング 4

#4 エニタイムフィットネス岩本町店

 スポーツジムに通い始めた。太りすぎて糖尿病一歩手前ですと病院で言われたのである。名は体を表さない。現実は残酷だ。

 更衣室で着替えてからストレッチをこなし、ルームランナーの上に乗る。電源を入れる。時速は八キロメートル。ブルートゥースのイヤフォンでポッドキャストを聴きながら、早歩きからランニングへ、ゆっくりと走り始める。
 黙々と走りながら、家にジムが備え付けられていたらもっと盛んに運動していただろうかと考える。プールを付け加えたらもっと運動したくなるだろうか。プールとジムのついている家。どうせなら走り回れる庭とサウナもつけておこう。かなりの豪邸だ。しかしいくら考えてみてもなんだかピンとこない。
 というか、そもそも「豪邸」なるものがいまいちわからないのだ。かつて週刊誌『FRIDAY』には「『セレブのお宅』拝見!」なる連載ページがあって、名だたるセレブの邸宅が毎週紹介されていた。たとえば、ロサンゼルス西部の高級住宅街に建てられたジョージ・ルーカスの家は九つのベッドルームと八つのバスルームを擁しているのだという。プール付きなんてのは珍しくもなんともなく、なかには敷地内にサッカー場がつくられている家もある。豪邸であることに疑いはないが、どれもなんだか「家」だとは思えない。むしろ豪邸であればあるほど、「家」からは離れてしまうようにさえ思える。
 だって、ありとあらゆるものが揃っていて広大な面積を誇る「究極の豪邸」があるとしたら、それってもはや「街」じゃないだろうか? 図書館に匹敵する量の本が並ぶ本棚に、映画館かと見紛うようなシアタールーム。常駐するシェフは三ツ星レストランと同じ料理をつくってくれて、バスルームはリゾートスパのように広大。とても贅沢で豊かな空間のように思えるが、そこに立ち上がるのはミニチュア化した「街」でしかない。

 すべての「家」は「街」に憧れているのかもしれない。だとすれば、翻って街にこそ家があるのだといえなくもない。それこそが「ホームフル」である。実のところわたしたちは誰もが豪邸の住人かもしれないのだ。ただしその家はあまりにも大きすぎて、きちんと注意しないと認識することすらできない。だからわたしたちはこの豪邸の中に自分が認識できるくらいの小さな部屋を構える。お風呂場を使わず銭湯に行くことも、冷蔵庫代わりにコンビニを活用することも、家から何かを削ぎ落としていくような振る舞いではない。それはむしろ家から街に近づき、正しく家へと立ち返ってゆくフローなのだ。

 気がつくと三十分が経っていた。時速八キロメートルで三十分。速度を落とし、さらに三十分かけてウォーキングを続けてみる。流れ落ちる汗をタオルで拭き取ってシャワーを浴び、更衣室で着替えてからジムをあとにする。我が家のジムからリビングまでは自転車で三十分。大豪邸である。

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《著者プロフィール》
もてスリム
1989年、東京生まれ。おとめ座。編集者/ライター。
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