ホームフル・ドリフティング 5

#5 アットホーム/インザハウス
 昔から「アットホーム」がよくわからない。いや、言わんとするところはわかる。だけど腑に落ちない。アットホームなカフェ、アットホームな職場、アットホームな結婚式…それぞれ具体的なシーンは想像できるが、「アットホーム」が何を指しているのかはなんだか曖昧だ。
 その点、「インザハウス」はいい。めちゃくちゃわかる。具体的な「ハウス」こそ想像しづらいかもしれないが、この言葉が使われるとき、常に対象となる「ハウス」はある。誰かがどこかで「インザハウス!」と叫ぶとき、ハウスとはまさにその時のその場所であるはずだ。
 もちろん「ホーム(home)」と「ハウス(house)」の指しているものが違うことくらい、多くの人が中学生のころ英語の授業で学んでいる。ハウスは物理的な空間としての「家」を指すのに対し、ホームは「家庭」のようにより抽象的な「家」を指すのだ、と。しかし、それにしたってホームはあまりにも抽象的だ。
 たとえば古民家風カフェをして「アットホーム」と呼ぶのはわかるが、かといってアットホームな職場が文字通り民家をオフィスにしているわけではないことは明らかだろう。英語の「at home」から始まって半ば日本語化した「アットホーム」は、ホーム=家を曖昧にし、だらしなく拡張してしまった。
 インスタグラムで「#アットホーム」というタグを検索してみると、事態はより一層混沌としてくる。出てくる写真があまりにもちぐはぐなのだ。その多くはパッと見「家」や「家庭」とは関係がないし、じっくり見て説明を受けたとしても「ホーム」を感じられないものが多いだろう。
 こうしたホームの濫用から翻ってわかるのは、ホームとは(ハウスのように)先立ってどこかに存在しているのではなく、ぽこぽこと常に増え続けているということだ。だからわたしたちはときに家や家庭とは無縁の場所をホームだと感じてしまう。
 ホームは、「罠」のようにしてあらゆるところに潜んでいる。ふと立ち寄ったカフェのトイレが自分の家と同じモデルだったことでホームを感じるかもしれないし、打合せのために訪れたオフィスで自宅と同じルームフレグランスが使われていてホームを感じることもあるだろう。ぼくが普段通っている歯医者の電話機は実家と同じモデルらしくて、呼び出し音が鳴ると急激に実家にいるような気分になってくる。だからぼくにとってその歯医者は、ある意味でアットホームな歯医者だ。
 わたしたちはタグ付けするようにしてあらゆるところにホームを立ち上げてゆく。ならばインスタグラムの#アットホームはまさしくホーム的だ。街に出て、目を凝らし、耳をすませる。あなたの「ホーム」は一体いくつ見つかるだろうか。

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《著者プロフィール》
もてスリム
1989年、東京生まれ。おとめ座。編集者/ライター。
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