生きる隙間 2

 平べったい田舎町に移ってきてから毎日、家の修繕に明け暮れた。家は冷え切っていて、力仕事で体が温まっても集中力が切れた途端に寒さで体が震え出し、足の指先は感覚を失う。寒さの中、かじかんで体も心も弱気に縮こまってしまうのを避けたい一心で、作業の合間にワークマンへ行き、暖かくてポケットのたくさんついた作業服や分厚い靴下ばかり買い込んだ。お腹と背中にはホッカイロを貼った。
 12月一日から休まず黙々と頑張った甲斐があり、クリスマス直前には家が整った。床はボロボロ、いらないものでいっぱいだった家が、ようやく住める空間になった。久々に味わう達成感。でも、これからどうしよう。ほっとしたのも束の間、また闇に落とされた。修繕作業に没頭している間はとらわれる暇もなかった一人きりの孤独が私を蝕み始めた。何かしなくては。
 ストーブを焚き、モロッカン調のフロアシートを敷き詰めた作業部屋に座って、プロダクティブな、いわゆる生産性の高い理想の私、を作り上げようとした。実際、シカゴの美大ではパターンメーキングを学び立体裁断は得意だった私。久々にトルソーと向き合った。でも、数時間後に出来上がったのはなんの変哲もない申し訳程度な大きさの黒いキャミソール一枚だった。悲しくなって、泣きながら恋人に電話した。なんであれちゃんと形にした自分を褒めろと言われたけれど、できなかった。それなりの成果を出すには、何かを成し遂げるには、手間と時間がかかる。そんなことは理解しているけれど、せっかちな私はただ慌てふためくだけで、自分の不甲斐なさに落ち込むばかりだった。
 クリスマスの賑やかさとは裏腹に、独りぼっちの寂しさは頂点に達し耐えきれなくなって、毎晩泣いた。以前通っていた精神科で処方された薬もついに切れてしまった。新たな土地でまた病院を見つけるというのもしんどくて、閉じこもった。何もない町で一人きりになるという私の選択は間違っていたのかもしれない。私は寂しい、と叫びながら泣いたのは初めてだった。
 渋谷に住んでいたときは、夜が更けて寂しくなると近所にある24時間営業の業務用スーパーへよく出向いた。天井に張り巡らされた蛍光灯のビカビカした光は私の輪郭を浮かび上がらせ、陳列された色とりどりの商品のなかへと違和感なく馴染みこませる。精肉コーナーに向かい、夜中にひっそりと値下げされた美味しそうなハラミやラム肉を買うと、次の日の楽しみにした。でも今、私がいるこの土地は街灯もまばらで夜になれば先が見えなくなるほどの漆黒の闇が訪れる。私の存在はその闇に溶け、輪郭を失う。漆黒に飲み込まれ全てがどろりと形を失ったような闇は恐怖だった。都会のビカビカした光や夜中の生肉コーナーの紫がかった青白い光がすでに懐かしく、恋しくなった。
 夜中、ストーブを焚いて本を読んでいたら暑くなりのぼせてしまった。冷たい風にあたるため家の外へ出た。暗闇の中でひっそり佇んでいると、遠くの高速道路を走るトラックの音がひんやりと澄み切った空気を震わせ聞こえてきた。人声なんて聞こえないけれど、その音の存在が私を安心させた。誰かがこの闇の中で生きて動いている。私も生きてここにいる。闇の中には見えない蠢きがある。得体は知れないけれど、それは恐れるべきものではないのかもしれないということを、闇に溶け込み初めて気が付いた。ここに引っ越してきたのは間違った選択かとも思ったけれど、都会のビカビカした色とりどりの一部に戻る気がないことにも、その時気が付いた。
 年末には心が落ちついてきた。手足を伸ばしてゆったりとくつろげるソファーを2セットと、ずっしりとした木製の椅子を買った。値段も張ったし、動かすのも大変な重さのもので、この平べったい田舎町に当分は根を張る決意をした現れのような気がした。

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〈著者プロフィール〉
小嶋まり
渋谷区から山陰地方へ移住。写真、執筆、翻訳など。
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