生きる隙間 7

 一人きりの田舎の夜は長い。睡眠時間を削ってメルカリをだらだら眺める。特にめかしこむ用事もないのに、ぽっこりと重みのあるハイヒールを何足か買ってしまった。
 洋服を作るのは好きだったけれど、自分の着るものにはかなり無頓着なほうだと思う。私にとって好きな服を着る、ということはとても難しい。クラブや新宿のニューヨークバーへ行く時でさえジム用のトレーニングウェアで行っていた。程よく流行を取り入れ自分らしい格好をしている友人たちに会うたびに、私は本当にセンスのない人間だなぁと感じていた。こんな風になってしまったのには、幼少期のトラウマがあったからだと思う。
 私がまだ幼稚園児だった頃、母の鏡台の前でお化粧をしたり好きな洋服を着たりして1人でこっそりファッションショーをするのが好きだった。それを密かに知っていた父が、私の実家に親戚一同が集まった時に、みんなの前で衣装を披露してごらんと言ってきたことがあった。まるで自分がアイドルになってステージの上に立つような気持ちで、夢中になってお気に入りの服を身に付けた。未だ何を着たのか覚えている。英字がプリントされた80年代真っ盛りなデザインの紫色のボートネックのトレーナー、黄色いショートパンツ、真っ赤なタイツ、頭にはカラフルなバンダナ。私にとって渾身のお洒落だった。うっとりと自分の姿を鏡に映し完璧だと思い、意気揚々とみんなの前に出ると、どっと笑いの渦に巻き込まれた。すると父が、「観光地の橋みたいだ。」と言い放った。私は恥ずかしさで泣きそうになりながら、その場から逃げ去った。それから私の好きなものはみんなから否定されてしまうという思いが、しこりのように残ってしまった。それにしても観光地の橋とは一体なんなのだろうか。
 服を自ら選べなくなってしまい、それから中学を卒業するまで姉が私の着る服を選んでくれた。面倒見の良い姉は、髪の毛もいつも綺麗に結ってくれた。姉が進学のため県外へ出てしまうと、途方に暮れた。どうやって自分を着飾ればいいのか全く分からなくなってしまった。
 高校に入り、オーストラリアにあるタスマニアという小さな島へ留学することになった。幼稚園から高校に至るまでずっと制服だった私の私服デビューである。周りの女の子たちの服装を見よう見まねで参考にし、なんとなく洋服を着てなんとも帰国子女っぽい格好をするようになった。通っていた高校で人気のある子たちは大体スケボーかサーフィンをしていた。思春期真っ只中、私もモテたい!という願望を抱くようになり、一気に日に焼けて露出が増え、見事な丘サーファーとなった。それからグラインドコアやクラストパンクに没頭、ボロボロな服装で大学生活を過ごしていた最中、新たな友人たちに出会った。きらびやかなグルーピー女子たちである。アメアパでモデルをし、有名俳優やミュージシャンたちと浮き名を流す自由奔放な彼女らに感化されアメアパを愛用、そして彼女らに着る服を選んでもらっていた。その後も自分の身なりに関するアイデンティティーは確立されないまま、自分の置かれた環境や肩書きに合わせカメレオンのように身なりを変えて生きてきた。そこに私の好きな服を着る、という概念は存在せず、何気なく発されたであろう「観光地の橋」という言葉が私を呪縛のように縛り上げていた。
 私は1982年生まれである。最近感じるのは、歳を追うごとに同世代の友人たちが服装や生活様式を自由に選択し始めている、ということである。今まで周りの目を気にしながら身なりを整えてきた私だれけども、そんな同い年の彼らに影響されようやく好きなものに向き合いたいと思えるようになってきた。数年前から体を鍛え始めたので身体にも自信が出てきて、やたら穴の開いた服やボンテージのようなものを着るようになった。それは、持って生まれた体の形が映える服が好きだという発見につながった。最近の一番の変化はピンクをよく着るようになったこと。昔から女の子を象徴するステレオタイプな色ということに違和感を感じ敬遠していたけれど、今はとてもしっくりくる。社会のフィルターを通して見たピンクが苦手だっただけで、ピンクそのものは私にとって魅力的なカラーだったことに気が付いた。植え付けられた固定概念を少しずつ崩して物事を私的に捉えることが私にとっての自由であり解放でもあるようだ。
 年相応な振る舞いを社会から未だ求められることは多い。しかし、身なりを通して自分が許容されるラインをどんどん広げていく可能性に魅力を感じている。今年40歳なのだが、肌が露出するぎゅっとした服を着て、重そうな厚底を履き堂々と歩いていきたいと思っている今日この頃である。
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〈著者プロフィール〉
小嶋まり
渋谷区から山陰地方へ移住。写真、執筆、翻訳など。
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