老いを追う 10 〜年寄りの歴史〜

第四章 『養生訓』を読む 1

 「養生(ようじょう)」という言葉がある。
 辞典によると「生活に留意して健康の増進を図ること、摂生」であるとか、「病気の回復につとめること、保養」を意味するとされている。また建設工事の際に建物を保護することにも用いられる。関西弁では病気になりかけて、具合が悪い人に向って「せいぜい養生しいやあ」などという。
 この言葉が現代でも日常的に使われ続けているのは、江戸時代の儒学者、貝原益軒(かいばら・えきけん)が書いた『養生訓』のお蔭であることは間違いない。この書物の内容をかいつまんで言えば、「病気をせずに長生きするためには、ふだんからどんなことに気をつかい、心掛けておくべきか」といったものである。『養生訓』には、橘や桃やむべを食べると不老や長寿が得られるというようなことは書いてはいない。当時の知識を活かして、幸せな老後を過ごすための手引きが、たいへんわかりやすく書かれているのである。

 こんなたいそう有益な本を書き残してくれた貝原益軒はどんな人だったか。
 筑前国(現在の福岡県)福岡藩士の子として生まれた益軒は、長崎で医学を学んだあと、江戸に出て藩医となる。三十代半ばで福岡に帰ってから、亡くなるまでの五十年間に、九八部、二四七巻もの書物を著した。そのなかには、日本における本草学(中国古来の植物を中心とする薬物学)の基本書といわれる『大和本草』のほか、『大和俗訓』『和俗童子訓』などの著書がある。
 『養生訓』は益軒が八四歳で亡くなる前の年に出版したもので、第一巻と第二巻の「総論」以下、「飲食」「五官」「慎病」「用薬」「養老」などの八巻からなる。

 私はじつは、よく知られたこの本を初めて読んだ。その理由はもちろん、親が年老い、じぶん自身にも年波が押し寄せてきたので、養生の仕方を訓(おし)えてほしいと思ったからである。そうして読み終えて、いささか説教くさい部分もあるけれど、いまでも読み継がれているだけのことはあると思った。
 養生の術としてはまず体を損なう物を遠ざける、それは「内欲」と「外邪」の二つだという。内欲というのは、飲食の欲、好色の欲、眠りの欲、しゃべりまくりたい欲と、喜・怒・憂・思・悲・恐・驚の七情の欲をいい、外邪というのは風・寒・暑・湿をいう。内欲を抑えて外邪を防げば、元気を損なわず、病気にならず、天寿を保てるのだそうである。
 益軒が繰り返しすすめているのは、食後に歩くことである。
 「ながく楽な姿勢で坐っていてはいけない。毎日食後にはかならず庭のなかを数百歩しずかに歩くがよい。雨の日は部屋のなかを何度もゆっくり歩くがよい。こういって毎日朝晩運動すれば鍼灸を使わないでも、飲食や気血のとどこおりがなく、病気にならない」。
 食後に横になって眠ることはもっといけない。気がふさがって病気になり、たびかさなると命が短くなるという。
 飲食の際の注意についてはこんなことが書かれている。「きれいなもの・こうばしいもの・もろくやわらかいもの・味の軽いもの・性のよいもの」は、益があって害が少ないので好んで食べるようにと。これに反するものは食べてはいけない。

 『養生訓』がおもしろいのは、日々の暮らしのなかの、こんな細かいことにも気を配れといっていることである。
 「髪をくしけずるのは多いほうがよろしい。気を循環させ、上気を下すからである。櫛の歯のこまかいのは、髪が抜けるのでよくない」。
 「歯は何度もかちかちいわせるのがよい。歯をかたくし、虫歯をふせぐ」。
 古今の膨大な資料からだけではなく、八十四歳まで生きた益軒のことだから、実体験をふまえて書き残したことなのだろう。
 内欲のひとつにあげられている次の部分は、私が最も注意したいと感じた訓えだ。
 「口をきくのを慎んで、無用の言葉をはぶいて口数を少なくすることだ。たくさん口をきくと、かならず気がへり、また気がのぼりもするので、ひどく元気を傷つける」。
 そして口をきくのを慎むのも、また徳を養い、からだを養う道であるという。
 饒舌な気味がある私は、いまからでも遅くはないから、実践しようかと思うのである。

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《著者プロフィール》
畑中章宏(はたなかあきひろ)
1962年大阪府生まれ。
作家・民俗学者・編集者。著書に『災害と妖怪』(亜紀書房)、『蚕』(晶文社)、『『日本残酷物語』を読む』(平凡社)、『天災と日本人』(筑摩書房)、『21世紀の民俗学』(KADOKAWA)ほか多数。
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