老いを追う 39 〜年寄りの歴史〜

第十三章 カフカの『変身』は老人問題を描いているのか 3

 カフカの『変身』は部屋をめぐる話でもある。
 思いもよらぬ体の変化によって、それまで慣れきっていた自室が、突如として使いづらくなる。しかし、グレゴールはやがて「虫」としての快適さを見つけだす。妹のグレーテは兄のために、ソファー以外の調度をどかせようと試みる。だが母親は、部屋を片づけてしまうことで、変身以前のグレゴールのアイデンティティが失われることを危惧した。
 グレゴール自身も母親の気づかいを深く感じ、部屋はそのままのほうがよいと思った。そして、自分の気持ちを伝えようと、壁に掛かった雑誌の切り抜きにへばりついた。ところがその姿を見た母親は気を失ってしまう。
 勤め先から帰宅した父親は、この騒動を見て、グレゴールにリンゴをいくつも投げつけた。そうして傷ついたグレゴールは、満足に動けなくなってしまう。妹の介護もむなしく、グレゴールは部屋から出られなくなる。
 食い扶持を失ったため、父親に続いて、母親も妹も働きはじめる。妹はもう以前のように、グレゴールの世話を焼くことができなくなった。
 新しくきたお手伝いの婆さんは、グレゴールをそれほど嫌おうとはしない。朝晩ドアを少しだけ開けて、グレゴールをのぞきこんだ。そしてグレゴールに、「こっちへおいで、かぶと虫のじいさん!」などと呼びかけた。彼女の目からは、鈍重な虫の姿が、年寄りに見えたのだろう。

 家賃をあてにして、住居のひと部屋を三人の男に間貸ししたため、グレゴールの部屋は物置と化してしまう。
 そんなある日のこと、間借り人のひとりがグレーテに、ヴァイオリンを弾くようにと所望した。グレーテはこれに応じたが、間借り人たちは演奏の途中で飽きてしまう。しかし、グレゴールは感動のあまり、部屋から這い出てきてしまった。彼ははさらに頭を床にぴったりつけて、彼女の視野に飛びこもうとした。
「音楽にこんなに心を奪われていても、彼は動物なのだろうか。彼にはあこがれていた未知の心の糧への道が示されているように思えた」。
『変身』の作者はここで、変身によっても失われない感動、あるいは老耄によっても変化しない豊かな感受性について語っているのにちがいない。
 しかし、虫となった息子の挙動に気づいた父親は、その姿を間借り人に見せないようにと、無理やり彼らを部屋に押し戻そうとする。すると彼らは怒って、部屋を引き払い、これまでの下宿代も払わないと言い放つ。こうした顛末に嫌気がさしたグレーテは、グレゴールを見捨てるべきだと言い、父親も同意する。部屋に戻ったグレゴールは、そのまま息を引き取った。
 お手伝いの婆さんは翌日、ザムザ家の人びとに、「隣りのものを取り片づけることについては、心配する必要はありません。もう片づいています」と、さらりと言った。
 妹も母親も、そして冷淡にみえる父親も、グレゴールをないがしろにしていたわけではなかった。しかし介護に疲れきり、人間の体をなさない死体に、興味をおぼえることがなかったのだ。

 面倒から解放された三人は、勤め先を休んで、郊外に出かけた。両親は新しい部屋への転居について話しているうちに、娘が最近ではめっきりと美しくふくよかになっていたことに気づいた。
 二十世紀の初め、プラハに住むユダヤ人が書いた小説から、ある人物の突然の老化と認知症の発症、介護する人びとの困難を読み取ることはじゅうぶん可能だろう。しかし主人公のみじめな死にざまと、家族の安堵は、やるせない読後感をもたらす。それは、『変身』がもつ情景描写が、あまりにも生々しいからである。

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《著者プロフィール》
畑中章宏(はたなかあきひろ)
1962年大阪府生まれ。
作家・民俗学者・編集者。著書に『災害と妖怪』(亜紀書房)、『蚕』(晶文社)、『『日本残酷物語』を読む』(平凡社)、『天災と日本人』(筑摩書房)、『21世紀の民俗学』(KADOKAWA)ほか多数。
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