老いを追う 4 〜年寄りの歴史〜

第二章 翁の正体 1

 日本の昔話やおとぎ話には年寄りたちが活躍するものが多い。
 枯れ木に灰をまいて花を咲かせたり、雀の舌を切り取ったりする元気な老人たちがいる。また、竹の中や桃の中から現われた小さな子どもに恵まれる老夫婦もいた。こうした「むかし、むかし、あるところ」にいた「おじいさん」や「おばあさん」の年齢はいくつぐらいだったのだろう。
 「物語の出で来はじめの祖(おや)」と『源氏物語』に記され、日本最古の物語といわれる『竹取物語』には、「野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけ」る翁(おきな)とその妻の嫗(おうな)が出てくる。『竹取物語』という通称は比較的新しく、古くは『竹取の翁』や『かぐや姫の物語』と呼ばれていた。
 翁というからにはふつう、竹取りと竹細工を生業にする、白髪交じりで老いた姿を思い浮かべる。じつをいうと物語のなかで、翁の年齢は明らかにされていた。
 成長したかぐや姫に五人の求婚者が現れたとき、かぐや姫にこんなふうに言っている。
「翁、年七十に余りぬ。今日とも明日とも知らず。この世の人は、男は女にあふことをす、女は男にあふことをす」
 と、自分は七十歳になったとはっきり述べているのである。
 しかしそのあと、かぐや姫が月に帰ることになったのを知り、翁が悲しんでいる場面では、
「このことを嘆くに、鬚も白く、腰もかがまり、目もただれにけり。翁、今年は五十ばかりなりけれども、物思いには、かた時になむ、老いになりにけると見ゆ」
 と説明されている。つまり五十歳の年齢にふさわしくないぐらい、老いさらばえて見えるというのだ。
 自分で七十歳だと言っていたはずなのに、ここではどうして五十歳になってしまっているのだろう。この矛盾についてはさまざまな解釈がある。
 最初の「翁、年七十に余りぬ」は、会話のなかで誇張して伝えたもので、あとのほうの「翁、今年は五十ばかりなり」は、悲嘆のため、年齢より老いて見えたことを説明する地の文章で、五十歳が正しいとするもの。
 あるいは、翁は七十歳だったが、かぐや姫を育てているうちに、姫の放つ光を浴びて若返ったという説もある。かぐや姫の年齢は、翁が月の王に「やしなひたてまつること二十余年になりぬ」と言っていることから二十代とみられる。そこから、かぐや姫と自分との年齢を足して、「七十に余りぬ」と言ったというのである。
 翁は若々しくて五十歳にしか見えなかったのに、心労のあまり元の年齢にもどったというのだ。なかなか魅力的な説ではあるけれど、いささか強引な気もする。
 全体としては五十歳をとる説が多いのだが、これは意外ではないだろうか。現代の感覚からすると、老人というには若すぎるし、かつての風習であった姥捨山にすてられる歳まででもあと十年はある。しかし、五十歳半ばのわたしは、「鬚も白く、腰もかがまり、目もただれにけり」という体の衰えを、恐れ始めていることも事実だ。
 物語の最後、かぐや姫が月へ帰ったあとの老夫婦のようすは悲惨だ。
「翁嫗、血の涙を流して惑へどかひなし。あの書き置きし文を読みて聞かせけれど、『何せむにか命も惜しからむ。誰が為にか。何ごとも益(やう)なし』とて、薬も食はず、やがて起きもあがらで病み臥せり」。
 おじいさんとおばあさんは、血の涙を流して嘆き悲しんだけれど、どうしようもない。かぐや姫が書き残していった手紙を読み聞かせても、「どうしてこの命を惜しむことがあろうか。だれのためにか。何をしても意味がない」と言って、薬も飲まず、やがて起き上がらなくなり、病気になって寝込んでしまったというのだ。
 娘に先立たれた五十代の夫婦が、そのショックから、あっというまに老け込んでしまうという悲劇的な描写である。
 日本最古の物語は、たいそう残酷な老人文学なのであった。

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《著者プロフィール》
畑中章宏(はたなかあきひろ)
1962年大阪府生まれ。
作家・民俗学者・編集者。著書に『災害と妖怪』(亜紀書房)、『蚕』(晶文社)、『『日本残酷物語』を読む』(平凡社)、『天災と日本人』(筑摩書房)、『21世紀の民俗学』(KADOKAWA)ほか多数。
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