老いを追う 8 〜年寄りの歴史〜

第三章 不老長寿の願い 2

 いろいろな果実に託して不死をかなえようとした人がいる一方、巧まずして長命を得た人もいた。しかし、自らの意志で不老を望んだわけではない彼らは、長く生きることができたものの、決して幸せではなかったようである。
 そうしたうちのひとりに、柳田国男が紹介した北秋田比内の百姓作之丞がいる。
 雄猿部(おさるべ。現在の尾花沢か)の山に昔、モミかなにかの老木があり、そのいちばん太い枝の先に、久しい以前から人間のように見えるものがぶら下がっていた。比内の某村に住んでいた作之丞という男が、天狗さまに連れて行かれて引っかかっているという評判だった。ところがある日その姿が忽然と見えなくなり、時同じくして作之丞が故郷の村に帰ってきた。家では孫か曾孫が迎えてくれたので、こまごまと昔の話を語って聞かせた。
 ちょうど八十年以前、まだ四十少し前の年頃に、山で薪を伐っているところへ一人の大男がやって来て突然こんなことを聞いた。
 「作之丞、おまえは過去が見たいか、未来が見たいか。どちらを見ようと思うか」
 男はそれに答えて、「古いことは物語にも聴いて少しは知っております。行末のことは命が無いと見られぬと思えば、一しおなつかしい気が致しまする」といった。
するとその大男は、「それはいかにももっともなことだ。しからば今おまえの命を縮めて、八十年の後に再生させ、別に三十年ほど寿命を授けてやろう。そうすればちょうど百歳の後を快く見ることになろう」という。その顔の恐ろしさに驚いて詫びたけれども首を締められて、それから後のことは全く覚えていない。
 眠りから覚めると大男がそばに立ち、帰還の許しが出た。
 八十年後の家のものたちはにわかに信じられなかったものの、天狗にさらわれて行方不明になった先祖がいたことは事実だし、山の上の大木の梢にぶらさがっていた人間がいなくなってもいるので、「こなたがうちの古いおじいなのか」と敬ったという。
 作之丞は天狗との約束どおり、それからちょうど三十年を生きながらえて、正徳の終わりころ、西暦一七一五年前後に世を去った。

 柳田によると百姓作之丞は、見たいと望んだ百年後を熱心かつ念入りに観察したはずなのに、感想録のようなものは伝わっていないという。変わり映えのしない田舎の未来でも、見た以上は何かしら感想を述べただろうにと柳田は不審がる。
 だいたいにおいて長生きしたものは、「おれなんかの若いころにゃ」といっては嫌がられ、「今の若いやつらは」といっては怒られても、新旧の比較を試みるものだ。そのようにしながら生きてきたのだ。ところが作之丞は世間と絶縁し、樹の上に八十年もいたので、期待と現実の食い違いに一喜一憂することもなかった。柳田はだから、作之丞は新しい世に復活しても、人に語るほどの感慨がなかったに違いないといっている。

 龍宮城に行って帰ってきた浦島太郎も、運命の悪戯で長く生きた。
 浦島話は八世紀に成立した『丹後国風土記』や『日本書紀』『万葉集』にも似た話があるほど古い。しかし、「助けた亀に連れられて、龍宮城へ来て見れば、絵にもかけない美しさ」といった、だれもが知っているような筋書きになったのは室町時代の『御伽草子』からである。「昔丹後の國に浦島といふもの侍りしに、その子に浦島太郎と申して、年のよはひ二十四五の男ありけり」と、ここでは年齢もわかる。
 漁師を生業に両親を養っていた太郎はある日、釣りあげた亀を逃がしてやる。その数日後ひとりの女が浜辺に漂着し、二人で舟に乗り龍宮城に行くことになる。太郎は女と夫婦になったが、三年も暮らすと両親のことが心配になり、故郷に帰りたいといった。太郎は船出した浜に戻り着き、親の行方を老人に尋ねたところ、大昔の人でそこの塚が墓だと告げられる。
 絶望した太郎は、女からもらった「かたみの筥(はこ)」を開けると中から紫雲が立ち昇り、たちまちのうちに老人になった。太郎が龍宮城にいた三年のあいだに、故郷では七百年も経っていたのである。

 浦島話の眼目は、三年のつもりで家を離れていたのに、親の死に目に遭えなかった後悔にある。太郎は煙を浴びて、一気に七百年も年老いたわけではない。思わぬ親不孝に愕然として、心労のあまり白髪の老人になってしまったのではないだろうか。作之丞の話がどこかのどかなのは、こうした苦悩が影を落としていないからである。
 いずれにしてもふたりの長寿は、浮き世や憂き世から離脱していたことで、幻想譚に成りえたのだ。しかし、実際に長く生き延びるには、一喜一憂ではすまない曲折を過ごさねばならないのである。

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《著者プロフィール》
畑中章宏(はたなかあきひろ)
1962年大阪府生まれ。
作家・民俗学者・編集者。著書に『災害と妖怪』(亜紀書房)、『蚕』(晶文社)、『『日本残酷物語』を読む』(平凡社)、『天災と日本人』(筑摩書房)、『21世紀の民俗学』(KADOKAWA)ほか多数。
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