土の上 32

 高校の入学式の日、教室の私の前の席は空席だった。担任の先生からは一学年上から留年した子がその席に座ると聞かされた。後日現れたその子は、化粧の濃い金髪のドレッドの女の子だった。
 派手な見た目のわりに彼女は話しやすくて気が合った。彼女にとっても私は他のクラスメイトよりも落ち着いていて話しやすい、と一緒に過ごすことが多くなった。

 高校は大阪市阿倍野区にある美術・デザイン系の学校だった。二歳上の姉が楽しそうに通っていて、私も後を追って入学した。
 入学してすぐに中学校とのギャップに面食らった。専門教科の授業で手にする道具や用語などは、初めて知るものばかりだった。また、今までは誰かが校内でお菓子を食べていたことが先生にバレてこっぴどく叱られたりしていたのに、今ではめいめいに持参した食べ物を教室で堂々と食べている。もちろん校則はあったけど、校内は全体的に自由な気風で満ちていた。その自由を身に纏って、自分の世界が少しずつ開けていく感覚は、今思い出してもわくわくする。
 初めのうちは姉と一緒に登校することが多かったと思う。梅田へ向かう通勤ラッシュの電車の車内は、いつも体が宙に浮きそうなくらい満員だった。阪急梅田駅から地下鉄の谷町線へ乗り換える道中もそれぞれの行き先へ向かう人々で入り乱れていた。文字通り姉の後を追いかけて、早足に上手に人の波を縫って歩けるようになった。後々、ぎゅうぎゅう詰めの電車が嫌で出発時間をかなり早めたこともあった。空いた電車と、しんとした靴音の響くゴージャス通り、一番乗りの教室、誰もいない朝の校舎を歩くのが好きだった。

 大阪のあちこちから通う生徒たちの中で、私と留年生の彼女の家はわりと近かったと言える。
 一度、学校帰りに彼女の家に遊びに行ったことがある。彼女が人の髪を切るのが得意だと言うので、私も切ってもらうことになったのだ。ニュータウンの団地の一室で、外国の映画に出てきそうな簡素で感じの良い部屋だった。一通りおしゃべりして、洗面所の鏡の前で散髪してもらった。彼女は肩まで伸びていた私の髪を、顎下までバッサリ切った。得意と豪語するだけあって、本当に上手だった。夕方になって帰る頃には、彼女の両親も帰宅して夕食の支度を始めた。駅まで見送ってくれた彼女と別れて、軽くなった頭と、また少し親しくなった私たちのことを嬉しく思った。電車の窓に映る新しい髪型の自分を何度も見ながら帰ったのをよく憶えている。
 髪が伸びたらまた切ってもらおう、と密かに思っていたけど、彼女はだんだん学校を休みがちになって、とうとう来なくなってしまった。どうして辞めてしまったのか、詳しいところはわからなかったけど、聞かなくても何となくわかるような気もした。その後の風の噂で彼女はアメリカ村の古着屋で働いているらしい、と聞いた。彼女によく似合ってるな、と思った。
 そのうち私は他のクラスメイトと仲良くなって、彼女のことも忘れていった。そして、春が近くなるとたまに彼女のことを思い出す。

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《著者プロフィール》
宮崎信恵(みやざきのぶえ)
1984年徳島生まれ。
STOMACHACHE.として妹と共に雑誌などのイラストを手がける。
その他、刺繍・パッチワーク・陶芸・木版画・俳句・自然農を実践する。
http://stomachache.jp
http://nobuemiyazaki.tumblr.com