土の上 38


 桜を背に道を横切る野良猫が一匹。
 細い管のつながった小さなキャリーバッグを引いて歩く老人。
 花粉や砂で汚れたフロントガラス。
 風に揺れてる菜の花、目が冴えるような黄色。
 頂き物のわらびは山菜そばにしようか、蕎麦を買って帰るのを忘れないように。

 もう何週間も止まらない咳についに耐えられなくなって耳鼻科にやって来た。待合室はいつにも増してすごい人。見るからに花粉に苦しんでいそうなマスクをつけた人々や老人たちが院内の椅子を埋め尽くそうとしている。受付をすると二時間半待つと言われた。スーパーで買い物をしてから来たら、時間は十一時半になろうとしていた。待つのはいつものことだから、家から持参した園芸の本を読みながらこの長い待ち時間をやり過ごす。だけど、読みかけだった本はあっという間に読み終えてしまった。待てども待てども私の名は呼ばれず、所々本を読み返すも時間を持て余してしまう。これなら一度家に帰って出直してくるべきだったかな、と悔いつつ、前方の、足でリズムを刻み続けるおじさんの頭の中にはどんな音楽が流れているのだろう、とかぼんやり考える。

 ようやく診察が終わったら、待合室は午後からの診察にめがけてやって来た人々で再びごった返し始めた。受付の人が「もうすでに四十人くらい待っている人がいるので三時間待ちます。」と患者が来る度に同じ説明を繰り返す。二人の子連れのお母さんは「え、三時間!三時間!?」とあからさまに驚き、それでも「三時間」を受け入れた。子どもは桜の花びらの入ったジップロックを手にしている。来る前に拾ったんだな、とその姿を想像すると微笑ましい。よく見たら受付の後ろの壁にかかっている絵も桜。今だけはみんな桜の魔法にかかっているみたい。かと思えば、目の前に座った眼鏡の青年は鞄から取り出した『メディア・リテラシー』という本を開く。私は今はそこら中に生えている数えきれないほどの桜を目で拾うことに神経を注ぎたい気分。

 駅前公園の桜の隣には椿も満開。
 どこもかしこもビニールハウスの中は収穫を待つ人参の葉でびっしり。
 早く帰って山菜そばが食べたい、と頭の中に蕎麦を思い描きながら右折のハンドルを切った。

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《著者プロフィール》
宮崎信恵(みやざきのぶえ)
1984年徳島生まれ。
STOMACHACHE.として妹と共に雑誌などのイラストを手がける。
その他、刺繍・パッチワーク・陶芸・木版画・俳句・自然農を実践する。
http://stomachache.jp
http://nobuemiyazaki.tumblr.com