土の上 41

阿波日記
◆四月十六日(月)
昨日遅くまで起きていたから眠い。部屋で着替えていたら、庭の奥にキジを発見。一番近い客間に移動して窓からこっそり覗いたら、目の周りが真っ赤なオスのキジだった。もっと近くで見たくなって、慌てて服を着て外に出たけど、どこにも姿が見当たらなかった。
ゴミ捨てに出て戻ると、付けっ放しのラジオから延々と数の羅列が流れており、シュールな空気になる。『きらクラ!』でBGM選手権の次回のテーマを発表しており、円周率に合う聴き心地の良い音楽、とのことだった。次回が楽しみになる。
予約録音できるラジオを買いたいなぁと思っているけど、十年近く前に父にもらった安物のラジカセが全然壊れない。radikoのタイムフリー機能で過去の放送などもよく聴くけど、やっぱりリアルタイムで聴くのがラジオの醍醐味かもしれない。

冬物の敷きパッドを洗濯して外に干しに行き、畑の水やりをする。空心菜の種を蒔いたところにゴボウの大きな葉が陰を作っていたので、二枚切って根元に置いておく。またキジの声がして羽ばたく音がする。姿は見えず。
郵便局で昨日完成した歌集や五月のON READINGの展示とONOMICHI U2のイベントのDMを発送。
帰宅後、サンチュを摘んで昼ごはんにする。
十三時過ぎに娘帰宅。今週は家庭訪問期間で、火曜以外は帰りが早い。迎えに行くのを忘れていたけど、こっそり秘密の抜け穴から入ったらしく、窓の外にいきなり現れたので驚いた。
家庭訪問終了。先生を見送った後、庭で娘と草抜きをする。
夕食後、ラジオからバッハの『主よ人の望みの喜びよ』。この曲を聴くと、小さい頃好きだった『ヤング・インディ・ジョーンズ』のシュバイツァーの回を思い出す。
疲れたので二十一時に就寝。こんなに早く寝るのはすごく久しぶりのこと。
◆四月十七日(火)
朝、サウナ小屋の掃除と薪の補充。小屋の外にムカデを三匹発見。二匹殺す。
昼食にインターネットのテレビで難民の人たちが食べていたカレー風味トマトチーズマカロニを再現。多めに作って娘のおやつに備える。
友だちが『Ready! Steady! George!』にゲスト出演すると聞いていたのでチャンネルを合わせる。外で木の板に柿渋を塗りながら聴く。ラジオの中にいつもの調子で話す友だちがいた。
十五時、迎えへ。肌寒くてマフラーを巻く。少し遠回りをしたら、田んぼに水が張ってあるのを見つけて、もうそんな季節か、と思う。
銀行などに用事があったので、娘を着替えさせてすぐに徳島市内へ向かう。道中、橋の上から田植え済みの田んぼを見つけた。運転中、手首に付いたままだった柿渋が匂う。
夕方、お腹が空いてコーヒー屋でお茶する。サンドイッチも食べた。
帰り道、家の近くのショッピングモール内にできたLOFTで姿勢矯正ベルトを衝動買いする。帰宅後、装着して鏡を見ると、何だか刑事みたいだった。
帰る時間が遅かったので慌てて宿題をする娘。
寝る前に姿勢矯正ベルトを外したら、すでに正しい姿勢が身についているような感じ。買ってよかった。★★★★☆。 商品のレビューみたいな感想を抱き、机の上に置いた板が放つ柿渋の香りに包まれて就寝。
◆四月十八日(水)
昨日買った豆で久しぶりにコーヒーを淹れる。ついでに娘用のココアも作っておく。牛乳瓶風のプリンの空き瓶がちょうど良かった。

作品用にアルミ缶を切り刻む。なかなか上手くいかず苦悩。
午後、帰宅して外で遊んでいた娘が私のところに来て、突然、詩ってなに?と聞かれる。それらしいことを説明すると、紙と鉛筆を持って、ちょっと詩書いてくるね、と再び外へ。
「もっこうばら」という詩を携えて帰ってくる。初めてにしてはとても良い詩だった。たくさん褒めると嬉しそうにしており、宿題の日記にも詩のことを記す。
夕方、母が手製のパエリヤを持って来てくれる。明日は五年前に亡くなった弟の誕生日。弟はスペイン語を専攻していて、スペインに留学していたこともあり、パエリヤを作るのが上手だった。生きていたら二十九歳。
夕食後、娘に肩もみをしてもらう。

◆四月十九日(木)
朝、娘を見送ってから一時間寝る。
昨日に引き続きアルミを使った制作。合間に毛布を洗って布団を干す。外は夏みたいな陽気。仕事もする。
昼前、郵便局とコンビニに用事。冷蔵庫が空っぽだったのでついでにカップ麺の蕎麦とおにぎりを買って昼を済ませることにする。おにぎりの味付き海苔に面食らう。蕎麦にはせめてもの罪滅ぼしの畑のネギ。大学生の時の昼食みたい。
昼過ぎに娘を迎えに行く。
帰宅後、娘がどうしてもアイスを食べたいと言うので、近所の商店に一緒に歩いていく。道中、道に生えている草を齧る。小学生の時に味わった酸っぱい味が口中に広がる。図鑑に載っていて、娘は前から気になっていたらしい。
商店でパピコを買って帰る。後ろから駆け抜けて行った白い軽ワゴン車の荷台に、これから出荷されるであろう鉢植えの花が並んで揺れていた。
家に戻ってパピコを食べながら図鑑をめくり、さっき齧った草が「スイバ」という名前なのだと知った。
やっと仕事を再開したけど、暇で仕方ない娘に何度も遊びに誘われる。キャッチできないキャッチボールとか、ラリーの続かないバドミントンとか…。
部屋に戻って仕事をしていると、娘が私の部屋へやってきて、部屋の隅でいじけて泣き始めた。仕事も制作も進まなくて泣きたいのは私の方だ。
夕方、スーパーへ。どうせ明日も娘はつまんないのだろうから、スーパーの隣のレンタルビデオ屋でDVDを一枚借りることにする。『ドラえもんのび太の日本誕生』。
帰り道、日がほとんど落ち、空が白くなって、山は黒く稜線を際立たせていた。カーステレオから木下美紗都の『ボーイ・ミーツ・ガール』が流れて、二人で一緒に歌いながら家路につく。
二人の生活は、しんどいこともあるけど、なんかいいな、と思う瞬間も多い。色んな瞬間が積み重なって、今日も山の向こうに日が落ちる。
塵積もる日々山のような君になる。
◆四月二十日(金)
午前はずっと事務作業と仕事。
娘は今日も昼過ぎに帰宅。
ドラえもんを見終えた娘と歩いてホームセンターへ行く。家にちょうど良い木材が見当たらないので仕方なく買うことにした。
道すがらの水を張りたての泡立った田んぼがミルクティーみたい。日に日に田んぼが増えていく。
帰ったら父が畑の水やりに来ていたので、さっき買った木材を切ってもらう。木工はあまり得意じゃないので助かった。娘は自転車のサビ取りに夢中。自転車に乗って散歩に行きたい、と言うので、後でね、と返事しておく。すっかり忘れた頃に、散歩は?と聞かれて渋々出かけることにした。
娘は自転車、私は徒歩。道を歩くと、煙草畑が次々と現れる。畑の隅には必ず札があり、植え付け本数や管理者の名前などが明記されている。よく車で横切る畑もいつの間にか煙草畑になっていた。前は何の作物の畑だったっけな。西陽に照らされた草が光っていて、そよぐ風が心地良い。

夕食後、椅子の上でそのまま寝かけていた娘を起こして、寝る準備をさせる。朝から少し喉が痛かったらしく、鼻も詰まっていて辛そう。明日は耳鼻科かなぁ、と娘のことを心配する反面、またしても自分の制作の時間がなくなることを憂う。どんどん心の余裕がなくなっているのがわかる。娘の相手をする時間が長いほど夜は疲れてすぐに眠くなる。
そういえば、今日愛知に住む友だちから手紙が届いた。彼女は版画をやっていて、六月に四年ぶりの個展を控えている。今は私と同じくてんてこ舞いなのだそう。娘宛にも彼女の子からの手紙が入っていた。その手紙の裏に私に宛てた文章も書かれていた。何かの四級に合格して、今は三級の練習をしている、とのことだった。文末には「心の中でいいから、ぼくのこと、おうえんしていてくださいね。」と書かれていて心を鷲掴みにされた。私のことも心の中で応援してほしい。
◆四月二十一日(土)
娘、喉と鼻は何とか大丈夫そう。
ゴンチチの『世界の快適音楽セレクション』、今日は「牧歌的な音楽」。カールのCMの曲が流れて朝から和む。
ひたすら苦手な木工作業。この作品は後々娘にプレゼントすることにしている。娘はそれを聞くと、一転して協力的な姿勢になり、がんばってね!などと励ましてくれさえする。

朝方に見た夢が的中する。以前から薄々気づいていたけど、自分に予知夢を見る能力があることを確信する。
夜、恋人と電話。アイスココアの話、昨日の話、天気の話、作品の話、極み煎茶の話、角笛の話など。
遅くまで木工作業をして寝る。
◆四月二十二日(日)
安住紳一郎の『日曜天国』を聴きながら洗濯。今日は仕事の日にする。
『& Premium』の連載「&NY」がゴールデンウィーク進行で明日が締め切り。毎月、ニューヨークのお店九店舗分のイラストを配置した地図のイラストと自由に描いて良いイラストが約十五カットあり、妹と手分けして描いている。自由なイラストは何を描こうか迷ったけど、結局身の回りにあるものを描くことにする。クリップで留めた小さな紙の束、おいちゃんの形見にもらったイカリ型の栓抜き、妹にもらったカナダ土産の小銭入れ、マッチ箱。
コーヒーを飲もうと台所へ行き、豆を挽いたは良いけど、フィルターが切れていた。仕方ないので、昔よく使っていた直火式のエスプレッソマシンを使う。そのままでは濃すぎて飲めなかったけど、牛乳を入れたらちょうど良い。昔もよくこうやって飲んでいた。
湯を沸かしている間に台所のものも少し描いた。ワインのコルクと空のトマト缶。

妹とほぼ半分ずつ分担なので私は八カット。そういえば、先月使わなかった絵が一カット残っていた。あと一カットはどうしようか、と思って部屋を見回すと、紙を分類している四連の箱が目につく。細長い縦のカットが必要だったので、縦長に配置して斜め上からの俯瞰で描写する。
夕方、実家に寄ると木香薔薇が見事に咲き乱れていて綺麗だった。
夜、お風呂場にゴキブリを捕食中のムカデを発見してゾッとする。これから恐怖の日々始まる。
二十四時前に全てのイラストのデータを完了させて就寝。長い一週間だった。

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《著者プロフィール》
宮崎信恵(みやざきのぶえ)
1984年徳島生まれ。
STOMACHACHE.として妹と共に雑誌などのイラストを手がける。
その他、刺繍・パッチワーク・陶芸・木版画・俳句・自然農を実践する。
http://stomachache.jp
http://nobuemiyazaki.tumblr.com