土の上 42

 そこに入ると、まず散らかった部屋の窓の向こうに広がる風景が目に飛び込んでくる。季節は春。緑が勢いを増し始めている。床には積み上げられた雑誌、絵の具、布、紙。こじんまりした古びた机の上には紙の束とペンが散乱し、制作途中の作品(彼女が近年制作している『paper quilt』の一連のものだろう)、開いたままのノートパソコンが載っている。机の隣には大きなプリンターとスキャナなんかもある。壁には時計、温湿度計、カレンダー、写真が四枚、子どもが描いた絵などが貼られている。取り付けられた棚板の上には様々なガラクタや置物、筆やインクが並んでいる。
 「散らかっていてすみませんね」と言いながら、窓際のソファの上に置かれた布の山を移動させ、「こちらへどうぞ」と彼女は言った。どうやら整理整頓は得意ではないらしい。ソファに腰掛けると、目の前の木製の本棚にはぎゅうぎゅうに雑や書籍が詰まっている。relaxやSTUDIO VOICE、TOKIONなどの懐かしいものから、彼女がイラストを手がけたらしきものもちらほら見受けられる。
 どこからか小さな三つ足の椅子を持ってきて、机替わりに先ほど台所で淹れたコーヒーを出してくれた。失礼かとも思ったのだけど、「いつもこのような状態なのですか」と尋ねると、「展覧会前はどうしても散らかってしまいます。もうすぐ名古屋で個展があるもので」と済まなさそうな顔で答える。フォローするわけではないけど、散らかってはいても不思議と落ち着く部屋だ。
 開けられた窓からは林の鳥のさえずりが聞こえてくる。少し耳をすましてみると、実に様々な鳥の声がする。「鳥の鳴き声は結構にぎやかですが、うるさいと思ったことはほとんどありません。たまにカラスがうるさいですけどね」と少しだけ笑って彼女が言う。風で揺れる葉擦れの音が重なって心地良い。つい聞き入っていたら、彼女はいつの間にか私に背を向けて、机に向かって作業している。「今回の展示はどのようなものになるのですか」と聞くと、背を向けたまま「絵本が出版されるので、その原画を中心に絵本に登場する作品なども展示しようかなぁと。そういえば、まだお見せしていませんでしたね」そう言って振り返り、今日届いたばかりだという絵本を手渡された。
 彼女が名古屋の外れの山奥の芸大に通っていた時、制作に明け暮れる日々の中で、自分に向き合う多くの自由な時間があった。その時見つけたか細い芯が今も彼女の中心にあるのだそう。「何でもない毎日が続いていく、普通なようで幸福な時間を淡々と描きたかったのです」と、先日ムカデに刺されたという腕をさすりながら、彼女はボソボソと独り言のように話した。
 
 私は何だか居心地が良くなってしまい、この散らかった部屋にコーヒー一杯で随分長居してしまった。名古屋に行くのも悪くないかもな、という考えが私の脳裏をかすめていった。

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《著者プロフィール》
宮崎信恵(みやざきのぶえ)
1984年徳島生まれ。
STOMACHACHE.として妹と共に雑誌などのイラストを手がける。
その他、刺繍・パッチワーク・陶芸・木版画・俳句・自然農を実践する。
http://stomachache.jp
http://nobuemiyazaki.tumblr.com