オレリアさんから日本の皆さんへ

“日本を初めて見たのは、飛行機から眺めた 
 この不思議なカタチのゴルフ場だ”

 これが『苺とチョコレート』の書き出しです。どうしてこの言葉から、また過去や思い出を振り返る語り口で始めたのか、よく覚えていません。ナレーションっぽくしたかったのでしょうか。もしくは、ある一人の男性と、とある国で出会い過ごした日々は既に過去のことで、もう終わってますよという風にしたかったのでしょうか。

『苺とチョコレート』は私の思い入れの面でも、作家としての経歴の面でも常に特別な存在です。いずれにせよ、この作品には私のまっすぐな心と熱狂、若かりし頃の無邪気さと無意識がすべて詰まっているので、2つを分けて考えることはほとんど不可能です。

 当時は二十四歳、この本がほぼ処女作。人生とキャリアを一変させるであろう津波が起こったことを、私は全く理解していませんでした。……“津波”という言葉を何も考えないで使っているわけではありません。これはフランス語の中でとても日常的に使われる言葉で、「人生をめちゃくちゃにしてしまうような、荒々しい突然の出来事」を意味するメタファーなのです。そして、その出来事の前と後には、違う人生があります。

『苺とチョコレート』の出版や、フランスと翻訳出版された国々でのメディア展開、インタビューや特集記事、テレビ収録、避けられない個人攻撃、大学の仕事、書店での読者との出会い、本の展覧会、旅行……それらすべての事より前にこの作品は存在します。そして、そういった様々な事柄にもまた「以前」と「以後」があるのです。

 ページが進むにつれて、細かなことが泡のように浮かび上がってくるこのラブストーリーは、日本に対する私の恋愛感情と切り離すことができません。私は八十年代の漫画とともに育った世代で、ずっと日本への憧れを持っていました。クリーミィマミやドラゴンボール、ベルサイユのばら、らんま1/2……フランスでも日本のアニメが放送されていて、放課後、テレビのスイッチを入れて彼らの物語に熱中する毎日でした。日本の日常風景が描かれたシーンが一番好きでした。豆腐売りのラッパの音、電車の踏切の騒音、「通行OK」を告げる青信号の音を、日本で実際に聞くよりもずっと前から知っていました。だから日本を初めて訪れたとき、新鮮さと同時にひどく懐かしいような、とても不思議な心持ちになったのを覚えています。そして、アニメで見たり聞いたりしていた景色や音とはまた違う、今まで感じたことがない刺激を発見しました。

 まず最初に、匂い。日本に着いて、亀有にある愛の巣へ向かうため成田空港から電車に乗っている間、日本の匂いをかいでいました。木と革を混ぜたような、とても独特な匂い-。
 
 次は、味。上品な懐石料理からガヤガヤとした居酒屋に至るまで、日本食が持つ豊かさやセンスの良さ、独創性には驚かされるばかりでした。8人で満席になってしまうような店や、店主が一人で接客・調理を行う安居酒屋で食べた、とても新鮮な鳥レバーの串焼き……。そういう安居酒屋で過ごすうちに、日本食にすっかり魅了されたのです。そして日本がきっかけで、私は料理へ興味を持つようになりました。今もなお感動するような面白さがあるし、最近はフランス料理の中にもそういうものが増えてきました。しそ、ゆず、すだち……ゴマや豆腐、醤油と共に食べる海藻類-フランス料理は、日本食から大きな影響を受けています。

 最後に、手触り。着物の裾の滑らかさ、抹茶が泡立つまでかき混ぜる、陶器の優しい手触り。土井先生の家で練習した書道の、半紙のザラザラとした手触り……。

 もちろん良かったことばかりでなく、同じくらい辛いこともありました。途方もなく孤独で、世界でも有数の巨大都市の真ん中で迷子になったような気分になったのを、よく覚えています。自分はよそ者なんだ……全く言葉がわからないこの国で、人生で初めてそう思いました。入国管理局で長いこと待たされている間中、この国には私の居場所なんてないと感じました。その時の思い出は、私の著書『Je ne verrai pas Okinawa』の中で綴っています。この本も、いつか日本語訳されるといいな。

 日本語で最初の方に学んだ、「ぽっつん」という擬音が心に浮かびました。大きくて真っ白な紙の真ん中に、小さな丸い点が落とされた時の音。私は東京で、よく「ぽっつん」と感じていました。

 人生は、私たちをわかりやすく幸福にしたりしないし、完全な不幸にもしません。私たちの記憶というのは、物事の客観的な事実なのではなく、主観、その時々の状況によって選びとられたものです。私が『苺とチョコレート』でみなさんに注目してほしいのはその事です。

 私とこの物語の間にはほぼ十五年の隔たりがあるし、その間の人生には様々な書物や旅行、そして男性たちがいます。もうすぐ四十歳になりますが、過去の私と今の私はもう、完全に同じ人物ではありません。

 私の作品が日本で読まれていることはとても幸せな巡り合わせだし、若かった頃の夢が叶ったということでもあります。『苺とチョコレート』は、官能的なこと、美しいもの、エロティックなこと……身体が感じるあらゆる悦びと昂りを追い求めていた二十代の私のスナップショットです。私が日本での生活をどれほど愛していたか、そして、とても沢山の美しい思い出をくれたこの国が、いつも私の心の中にあることを知ってもらえると嬉しいです。

(二〇一八年十一月二十九日 オレリア・オリタ パリにて)

お知らせ

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