行けたら行きます 18

 まだ納骨ができていない。
喪主になったこともなければ、納骨もしたことがなかった。一生に一度あるかないかのイベントを、すでに終わらせようとしている。
病院の紹介する葬儀屋さんがすぐにやってきて、夜中の待合室で小さな声で打ち合わせをした。ほんの一時間前に石田さんの死亡確認をしてもらったばかりだった。まさかその日に死んでしまうとは誰も思わず、たまたま夕方に集まってくれた友人たちと、そのまま一緒に看取る形になった。その中の一人だった今里さんが最後まで付き添ってくれたので、葬儀の段取りもずいぶん助かった。会場の指定から祭壇のサイズまで、自分一人では何も決められなかった。
 あまりに急なことで、石田さんの実家の親父さえ呼ぶのを忘れていたほどだった。何が起きているのかわからないまま、その場に居合わせた私たちは、急速に、だけど穏やかに小さくなっていく石田さんを見ていた。呼吸はかろうじてあるものの、目を開けることはなく、一体どういう状態なのか看護師さんに尋ねると「耳は最後まで聞こえていますから、みなさんで声かけてあげてくださいね」と言われ、やっと置かれている状況を理解したように思う。もはや話をすることはできなかったが、苦しむことなく、本当に静かに息を引き取った。
 結婚したことも、子供を産んだことも、夫が死んだことも、葬儀の段取りも喪主も、何もかもが初めてのことで、どうすれば正解なのかがいつもわからないまま、耳にしたことを試してみたり、調べたりしながら、自分で正しいと思えることを一つずつ選んできた。葬儀に私の家から誰一人来なかったことに驚く人は多いだろう。私でさえ驚いたのだから。でも、それで良かったと思っている。お悔やみの言葉と、香典を振り込むという旨の携帯メールが、ニュースで訃報を知ったらしい父からすぐに届いた。交通の便とか、家を空けられないとか、いろいろ理由はあると思うが、来ないという選択肢を示されたことが嬉しかったのも確かなのだ。もし両親が来ていたら、と考えると、なぜかいい想像が出来ない。来なかったからこそ、関係は良い方向へ変わりつつあるのかもしれない。
 そんな葬儀の最後に、みんなで火葬後の食事をし終え、さあ帰ろう! となった時、身も心も軽くなったせいか、肝心な骨壷を持って帰るのを忘れていた。式場の給仕さんから「ちょっとちょっと!」と声をかけられて振り返ると、誰もいない会場の一番奥に置かれた骨壷と、その後ろの石田さんの遺影がこちらを見ていた。そこにいた全員笑っていたが、喪主が抱えて持って帰るものだと、私はその時に知った。
 四十九日をとっくに過ぎた今も、お骨を家に置いている。納骨師の人から一番大きいサイズだと言われた骨壷は、急いで片付けた玄関に鎮座したまま3ヶ月以上が過ぎた。そばに置いておきたい、というわけではなく、ただ納骨に行く時間がない。納骨の手順さえ調べていないが、石田家の墓は町田のもっと向こうにある集合墓地で、私も何度かロマンスカーとバスを乗り継いで墓参りに行った覚えはある。納骨しなくては、と思いながらも、ちょうど四十九日にあたる3月の上旬は、海外出張を数日後に控え、本当にバタバタしていた。その仕事の話が来たのは昨年末のことで、石田さんの病状が読めず、迷っていた部分もあったのだが、断るという選択肢はなかった。行かずに後悔した時に、石田さんのせいにしたくなかったからだ。葬儀も終わって時間があったので、家をだいぶ片付け、気持ちの整理をして、何とか出張に行く目処がたった。しかし、一人で家を回しているため、子ども達の預け先に奔走した。結局、交代で友人数人が泊まり込みで来てくれることになり、不安はあったが、頼もしかった。子ども達にとって親は私一人だが、頼れる間柄の大人たちを増やしてあげられたらと思う。
 そして2度目の海外出張を控えていて、今は気持ちが落ち着かない。納骨にどれくらいの時間がかかるのかはわからないのだが、バタバタやるものではないだろうと思い、延ばし延ばしにしている。きちんと四十九日あたりにするのが常識なのはわかっているが、それこそ「うちはうち! よそはよそ!」という感じで、居直っている。
 と書いておきながら、やっぱりまだ手元に置いておきたい言い訳にしかなっていない気がして、少しだけ恥ずかしい。
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《著者プロフィール》
植本一子(うえもといちこ)
1984年広島県生まれ。
2003年にキヤノン写真新世紀で荒木経惟氏より優秀賞を受賞、写真家としてのキャリアをスタートさせる。広告、雑誌、CDジャケット、PV等幅広く活躍中。
著書に『働けECD―わたしの育児混沌記』(ミュージック・マガジン)、『かなわない』(タバブックス)、『家族最後の日』(太田出版)、『降伏の記録』(河出書房新社)がある。
『文藝』(河出書房新社)にて「24時間365日」を連載中。
http://ichikouemoto.com/