#03「羽化と罪」
イルリヒト
物心ついた頃から僕は虫が好きだった。
お気に入りの昆虫図鑑を持って庭先や河原などを歩き回り、気になる虫を捕まえては、その記事を探し、図版と実物をじっくりと見比べる楽しみに耽った。
図鑑の中で僕が特に惹かれていたのがセミの羽化の項だった。掲載のアブラゼミの羽化のプロセスを写した数枚の写真は素晴らしく劇的であり、その美しさと神秘性は僕を魅了し、いつか必ず自分の目で見たいと思った。
その機会は小5の夏休みに訪れた。
算数塾に通っていた禅寺(住職が塾を主催していた)の境内で、沢山の抜け殻とそれらを残していったセミたちが這い出したとみられるいくつもの穴を見つけた僕は、迎えに来た親を説得してそのまま夜を待ち、望み通りセミの幼虫を1匹捕える事ができた。
家に帰ると早速カーテンに留まらせて眺めながら羽化を待った。帰り道では活発に動いていた幼虫はカーテンにしがみついたままじっとしていた。その姿は一見抜け殻と同じなのだが、生命力に満ち溢れた鈍い飴色に輝いており、これから起きる事象への期待を掻き立てた。
夜も更けた頃、幼虫の背中がぱっくりと縦に割れ、青白い成虫が顔を出した。それは元の飴色からは信じられぬほど儚い色彩であり、またよく見かけるセミの成虫とも全く違う不思議な感じだった。それからゆっくりと時間をかけて這い出し、やがて抜け殻に掴まってぶら下がった。殻を抜け出した直後のその翅(はね)は、まるで紙袋を押し潰したようにくしゃくしゃだった。しかし時が経つにつれて、そのくしゃくしゃな翅には徐々に体液が巡っていき、青白いままで完全なセミの形になった。
その姿は息を呑むほど美しかった。
僕は思わず手を伸ばし、青白い翅脈が通う鮮やかなその翅にそっと触れた。
その瞬間、翅はゆがんでぐしゃぐしゃになった。翅はそのまま色付き、飛べないアブラゼミになった。どうする事もできず、どうにもならなかった。
それから僕は美しいものには近づかない。
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◾️イルリヒト
音楽家/文筆家/画家
アコースティックギターと電子楽器による即興演奏を主とした公演活動を行なっている。2024年よりアヴァンポップバンド「マヴォ」にてヴォーカル&メロトロン担当。
【Soundcloud】
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【マヴォ X】
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【マヴォ Bandcamp】
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🎸マヴォ ライブ情報⚡️
★11月10日(日) 西荻窪PitBar
[Song is Answer,Think of Song vol.8]
OPEN/START 16:00/16:30
前売/当日 ¥2500/¥2800
[ACT]
❶S.A.T.S
❷nonlot
❸Hundora
❹MAD MISSION
❺破壊光線
❻SUSTINARS
❼マヴォ
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問い合わせ:「マヴォ X」まで