行けたら行きます 8

 七月中旬のある日、クイック・ジャパンの編集長である続木さんから「ちょっとご相談があるのですが」とメールが届いた。続木さんとはたまに会って麻雀をする仲だが、一緒に仕事をしたことはない。何事かと思えば、誌面で石田さんの特集を考えていると言う。思いもよらない話に驚いたものの、ちょうど石田さんを取材したAERAの発売が控えていたこともあり、石田さん的にはあまり乗り気でなかったように思う。ベストアルバムが出たばかりだが、取材は全部断っているらしく、後ろめたいのかもしれない。何より、取材を受ける体力がない。AERAの取材は書き手が知り合いだったので、家と病院に何度か来てもらった。特集になるほど自分にはもう話すことはない、と言って最初は渋っていたが、石田さんの体調に合わせて取材をする、ということで話は進んだ。誌面で家族写真を撮ってくれるらしいと伝えると、それはいいね、と喜んだ。
 石田さんが退院したタイミングで撮影があり、私の希望でカメラマンは大森克己さんにお願いすることができた。ヘアメイクにAOKIさん、スタイリストに高山エリ、と友人に頼み、気心のしれた仲での撮影だった。私や娘がメイクをしたり着替える間、石田さんは待てないのではないかと思い、撮影の直前に石田さんだけ後から来ることも考えたが、スタジオに横になれるソファがあると聞き、家から四人でタクシーに乗り新宿にある撮影スタジオに入った。子供達は物珍しさにはしゃいでいる。石田さんは用意されたスーツを着ると「昔は好きでよく着てた」と嬉しそうに言う。大森さんに聞けば、四人共立ち姿での撮影にするというので、石田さんがそんなに長い間立ってられないかもしれないと伝えると、そんなに長くは撮影しないよ、と笑う。まず娘達二人、そして四人、石田さんと私、一人ずつ、と撮っていき、撮影はものの十五分ほどで終わったように思う。こうして家族四人できちんと写真を撮るのは、実は初めてのことだった。
 その夜にすぐ、写真のデータが送られてきた。少し緊張しながら写真の入ったフォルダを開くと、娘達が二人で写っている写真が数枚続いた。さすが大森さん、という感じで、どれもとても良く、思わず顔がほころぶ。そして四人の家族写真があり、石田さんが一人で写っている写真が少しあった。それを見て、ものすごい違和感に襲われた。
「石田さんじゃない」
 そう強く思ったのだ。正直、痩せたおじいちゃんのようにしか見えない。最近、目の周りが腫れる日がたまにあり、ちょうどその日に当たってしまったせいもあるかもしれない。原因は不明で、AOKIさんが撮影直前にマッサージをしてくれていたが、腫れは取れなかった。
 編集長の続木さんと写真についてのやり取りをすると、続木さんは石田さんの状況をもっと深刻に捉えてたらしく、思いの外元気そうで安心したと、私が思うのと真逆のことを言う。
「写真も痩せては見えますが、なんかあったかくて好きですよ。佇まいは素晴らしかったです」
 写真はもちろんとても良い。大森さんに撮ってもらえて心底嬉しい。それでも、石田さんの写真を見て涙が出そうになり気が付いた。もしかしたら私だけが、痩せてしまった石田さんを受け入れられていないのではないか。
 家族写真を撮ることは賛成だったものの、石田さんの写真を雑誌に載せたりするのは難しいのではないかとどこかで考えていた。痩せてしまった姿を表に出すことに、石田さんが傷つくのではないかと。でもそれは違った。私自身が石田さんのことをちゃんと見ることが出来ていなかったのだ。受け入れられなかったのだ。
 写真の石田さんは、私が初めて見る顔をしていた。
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《著者プロフィール》

植本一子(うえもといちこ)

1984年広島県生まれ。

2003年にキヤノン写真新世紀で荒木経惟氏より優秀賞を受賞、写真家としてのキャリアをスタートさせる。広告、雑誌、CDジャケット、PV等幅広く活躍中。

著書に『働けECD―わたしの育児混沌記』(ミュージック・マガジン)、『かなわない』(タバブックス)、『家族最後の日』(太田出版)がある。

『文藝』(河出書房新社)にて「24時間365日」を連載中。

http://ichikouemoto.com/