トーチ

川につかのまジョイン

山本ジャスティン伊等

いま住んでいるアパートのすぐそばには多摩川の支流が長くうねりながらのびていて、アオサギやカワウが川の浅瀬をしょっちゅう歩いているし、わりと頻繁に魚が水面から跳ねている。たぶん私の身長と同じくらい伸び放題になった川べりの雑草も、ちょっとした畑かと思うくらいには広がっている。引っ越してきてから二、三年は経っているけど、私がその川べりに座って本を読むようになったのはここ数週間のことだ。

川はたのしい。休みの日は晴れていればできるだけ川に行くようになった。といっても私の生活なんか、一般的な社会人からしたら毎日が休みみたいなものではある。たいていの場合ひとりだけど、小野寺が「いい木陰を見つけた」というので先週末は初めてふたりで川に行くことに、私たちはなった。

それにしてもダイの大人が「いい木陰がある」か。付き合って8年経つと恋愛より生活を続けていくことが関係として大事になってくるから、出かけるといえば演劇とか美術を見に行くばかりになっていたけど、ここにきておれたちはついに川に辿り着いた……とか思いながらドトールでミラノサンドBを買って背の低い木が立っているそこに行くと、すでに本を読んでいたり子どもを連れて遊んでいるひとたちがいて、私たちは陰の端っこのほうを貸してもらう感じで場所をとった。
川は私たちがただぼーっとしてるあいだも実際の風景はあっちこっちがせわしなくうごき続けている。色々な鳥がずっと鳴いているし、雑草は太陽の光を反射させて、それぞれの葉や茎の重みで風に揺れている。遠くのほうで電車が断続的に通る音もするし、背後の道路からバイクをふかす音も、子どもやカップルの話し声も聞こえる。もちろん日によって川の水位も、湿度や気温も、私の体調も変わってくる。川に行くっていうのはそのときその瞬間にいるだけじゃなくて、百年とかいうと嘘くさくなるけど少なくとも「今日」よりも少しは大きな広がり、そこに束の間ジョインすることになるのだと感じる。

小野寺が持ち運べるレジャーマットみたいなものを隣でずっと調べている。私はミラノサンドとかドリトスを食べながら本を読もうとしているから、一口食べるたびに手が汚れてウェットティッシュで拭くのを繰り返していつもよりずっと気が散っていた。

「地面の雑草でケツ湿るくらいがちょうどいいんじゃないの」と言うと、小野寺は尻が痛くなるから長い時間座ってられないと言う。たしかに、さっきからふたりともしょっちゅう立ったりストレッチしたりしていた。

ふと振り向くとだいたいいつもおじいさんがいる。座っているだけのおじいさんおばあさんは何を考えているのか、しおれたようにも見える目の先で何を見ているのか、子供のころはずっと不思議だったけれど、気づけば私も小野寺も老人たちと同じようにぼーっと過ごしている。おじいさんはシャツにベストを羽織ってキャップを被っているのがほとんどで、驚いたことに仕事で滞在したソウルでもそのファッションは変わらなかった。あの合わせ方はどこから来ているのか、今の私には謎だけど、いつか私もシャツにベストにキャップで合わせる日がくる。そして私を含めた老人たちは川のせわしない動きに身を任せる。

川べりにいるひとや魚や草や鳥やそれらを包む光は別々に存在してると基本的に私たちは思っているけど、ただ無関係に同じ空間にいるという感じは全くない。
たとえば失恋の悲しみに浸りながら私たちが川を見るとき、遠くの方にある太い鉄骨でできた橋も、川の生き物や風も、川も本当に何も感じてないんだろうか。だって私が川にジョインしているんだから、川もまた私の失恋にジョインしていると考えることは全然おかしな話じゃない。風景全体が悲しいとか寂しいとかは思わないままに、それに似たざわめきに染まる。

もちろん私も草や魚の何かを受け取っている。木が揺れたり風が生ぬるかったり、魚が寄生虫を落とすために跳ねては結構大きな音でボトン!と落ちるあれを感じて、私は肯定感に似た何かを受け取っている。自己肯定感じゃなくて、自分と魚が川を通じてそこにいることがうれしいというほうが近いかもしれない。

それなら多分、川べりで涼む私がいたことが魚のほうでもうれしかった。雑草も、花柄のシャツに惹かれて私のまわりをブンブン飛んでいたハチもうれしかった。川もうれしかった。
おじいさんはいつの間にかいなくなっていた。

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◾️プロフィール
山本ジャスティン伊等
カリフォルニア州サンタモニカ生まれ。
Dr. Holiday Laboratory主宰。演劇/テキスト制作。
主な作品に『うららかとルポルタージュ』『脱獄計画(仮)』『想像の犠牲』など。

web https://drholidaylab.com
制作日記 https://justin-holiday.fanbox.cc/
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カリフォルニア州サンタモニカ生まれ。
Dr. Holiday Laboratory主宰。演劇/テキスト制作。
主な作品に『うららかとルポルタージュ』、『脱獄計画(仮)』など。

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