老いを追う 3 〜年寄りの歴史〜
畑中章宏
第一章 母をすてる 3
『遠野物語』や『楢山節考』のような近現代の書物はともかく、列島古来の姥捨伝承は、残酷そうにみえてじつは親と子が互いを思いやる美談という体裁を保つ。『大和物語』も『今昔物語集』も、すてにいった子どもが、すててきた親を連れ戻る孝行話だった。
姥捨にかこつけた孝行話は、その筋書きやエピソードからいくつかに分類される。「枝折り型」「難題型」「葛藤型」などと名づけられてはいるものの、それぞれの型が重なり合い、ひとつの話になっている場合も珍しくない。
「枝折り型」は、それらのなかで最もよく知られているものだ。
山にすてられにいく母が、息子に背負われた道すがら、左右の木の小枝を折り曲げてゆく。「どうしてそのようなことをするのか」と息子がたずねると、母は「おまえが帰っていくのに、道に迷わないように栞(しおり)をしているのだ」と答えた。親のやさしさが身に染みた息子は、母を山から連れ戻り、以前にもまさる孝行をした……。
いまどきなら、親をすてにいった子どもが道に迷うなんてことはない。枝折型に興味をおぼえるのはそれよりも、小枝を折り曲げる以外にも目印のつけかたがあることだ。たとえば草を丸めてすてて行った、芥子の種や糠を撒いていったという地域もある。
どの方法も小枝を折った栞に比べて効果のほどは疑わしい。けれどもタクシーに乗せて母をすてにいった私は、土地土地の身近なもので、姥捨話に彩りをそえた人々のけなげさに感じ入る。
「難題型」は大陸から伝わってきたもので、おおむね次のような筋である。
ある国の王様が、「老人は山にすててしまえ。決まりに背いたものは厳罰に処す」というお触れを出した。ところがひとりの男が、母親をどうしてもすてることができず、床の下にかくして食べ物を運んでいた。
そのうちに敵国が、こちらの国の人々の智恵をためそうと難題を出してきた。これに答えないと恥であり、賢い人がいないと知って攻めてこられると考えた王様は、「難題を解くものがあれば、望みどおりの褒美を与えよう」といった。
このことを知った先の男が、床下にかくした母親に尋ねると、どの難題も簡単に解いてくれた。男は答えを王様に申し出るとき、「褒美の代わりに、母親をすてずに隠していた罪をゆるしてください」と頼んだ。すると王様は、お年寄りは賢いものだということに気づき、また息子のやさしさに感心して、約束の褒美を与えるとともにお触れを取り消すことにした……。
隣国から出された難題はちなみに、「灰で縄をなえ」「叩かなくても音が鳴る太鼓を作れ」「七曲がりに曲がった玉に糸を通せ」といったものだった。
最初のは「塩水に浸したわらで縄をなって焼けばよい」、次のは「アブを何匹か捕まえて来て、太鼓の中に入れればよい」、三つめは「玉の一方に蜜を塗り、反対側から蟻に糸を結んで入れればよい」が答えである。
いわゆる「蟻通(ありどおし)」の難題は、大阪泉佐野にある蟻通神社の社号の由来にもなっているし、清少納言の『枕草子』にも出てくる。難題型はこのように、年寄りの知識や知恵が国を救うという話か、たんなる謎々になってしまって、姥捨という主題はどこかにいってしまっている。
「葛藤型」は、親をすてにいくものの心の葛藤が盛り込まれたもので、祖父、父、子の男系三代が登場する。姥捨は老女をすてにいく話ばかりではないのだ。
ある男が、六十歳になった父親を縄や網で編んだ道具に入れ、息子に片棒をかつがせて山奥にすてにいった。すて去る際、道具もおいていこうとしたところ、息子が、「これは家へ持って帰りましょう。いまにまた必要になることがありますから」といった。それを聞いた男は慌てて、親をすてることを止め、また連れて戻った。
老人を運んだ道具というのは、土砂や石、農作物を運ぶ「畚(もっこ)」や「簣(あじか)」だったとされる。そうすると、かなり乱暴なやり方で親をすてようとしたものだ。母は負ぶえても、父は重いから、男二人の力がないとすてにいけないということだろうか。
「葛藤型」に対しては、山に行く前に孫が指摘すればよかったとか、自分がすてられたくないから止したというのは、「いささか感心しない利己主義」だと柳田国男も皮肉っている。いちどすてると決めた老人を、またひろいにいくのは、残されたもののエゴだとわたしも感じる。
「葛藤型」ですてられにいくお祖父さんの心のうちは、まったく説かれていない。自分に起こっていることがわからないほど、呆けてしまっていたのだろうか。「畚」や「簣」のなかにうずくまり黙っている姿は、介護に依存し、介護に耐える現在の年寄りたちの姿を思い起こさせる。
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《著者プロフィール》
畑中章宏(はたなかあきひろ)
1962年大阪府生まれ。
作家・民俗学者・編集者。著書に『災害と妖怪』(亜紀書房)、『蚕』(晶文社)、『『日本残酷物語』を読む』(平凡社)、『天災と日本人』(筑摩書房)、『21世紀の民俗学』(KADOKAWA)ほか多数。
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