推薦文 小川一水

もの凄くやさしくなくて少しやさしい宇宙

SF作家 小川一水

 「宙に参る」は、描線のすっきりした見やすい絵柄とは裏腹に、思わせぶりな掛け合いや予備知識前提の風景がちらほら出るせいで、わかりづらく感じられる漫画だ。面白そう、と読み始めたはいいものの、結局この回なんだったの? と眉間にしわのよる読者も多いことだろう。しかしそれで放り出してしまってはもったいない。だからこの話のわかりづらさの奥にある魅力を話したい。
 私見では「ちゃんと聞いているか?」という自問がそれだ。一巻三四ページからすでにある。主人公の未亡人ソラは自分が夫にとって相応しかったかどうかを自問した。以後この漫画の人々は、相手の気持ちをちゃんと聞いているかどうかを繰り返し問う。将棋衛星の本意を聞く。おでん屋の相客の支払額を聞く。百年前のバンドのライブを聞く。そしてヒトとは異なるメカたちの深い心の奥を聞く。
 「参る」宇宙はリンジンというAIロボットたちに支えられている。彼らはとても忠実で可愛らしい。あまりにも忠実なため人の声を聞きすぎて消耗してしまう者もいる。そう、彼らも相手を「聞いている」。いっぽうヒトのほうはどうだろう。話を拒んで出没する者どももいる。主人公は彼らに辛辣だ。彼女はその生まれから、全力でリンジンの肩を持つだけの理由がある。機械たちの声なき声を代弁するために、「呪文」と呼ばれるスーパーハッキング能力を駆使して、邪悪な文明の本拠地へ殴りこむのかもしれない。
 だが、そうとも限らない(ていうか多分ちがう)。ここまでのところ、ソラは恨みと陰謀を叩きつけに行くタイプではない。夫の遺骨を抱えた、AIと自在に通じ合う未亡人が太陽系の果てから地球へ帰るというのに、その目的は復讐ではないようなのだ。ずいぶんと不思議な旅じゃないか。
 じゃあその終わりには何が待つ。確実に言えることがひとつある。そこに少しの優しさがあること。ソラと息子の宙二郎はちゃんと届ける。そして多くは受け取れない。ささやくような一言があり、それを聞くための旅となるだろう。
 そうなるかどうか。「宙に参る」がそういう話かどうか。身を乗り出して眺めてほしい。

 

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