老後・GODIVA・アクエリアス/サカモト
二十七歳、老後について独り考える。
ここは新大久保、ホテル街。ホワイトデーに買ったGODIVAのチョコは無残に転がり、オンナと二人で三秒ルール!と笑い合って食べた。いったいいつまでこんな事をして暮らしていけるのだろうか。
大学を卒業して四年が経った。未だに職歴ナシ。カネが無くなれば日雇いに入る。カネが無いので財布は持たなくなった。その代わりに本を持ち歩くようになった。終電を逃したらホテルはもちろん漫画喫茶に泊まる事すらも出来ないので、始発が来るまでひたすら独りで時間を潰す。人生みたいだ、とも思う。何かが来るまで時間を潰す。待つ、潰す、人生。問題は、始発は大体やってくるのに、何かはやってくるとは限らないという事だ。
「お兄さん達、どうですか?」
ホテルのキャッチから声を掛けられる。オンナと二人、ホテル街の端から端を行ったり来たり。どうですか?ってなんですか? 急に込み上げた怒りを止められずその場で腕立て伏せを始めた。
「愛っていったい何ですか?」
口から出たのはそんな言葉で、コンクリートで擦り剥いた掌にオンナが絆創膏を貼ってくれた。それが愛だよとお兄さんは笑って何処かに消えていった。
新大久保のドンキホーテはトイレが使える。そう言ってオンナも何処かに消えていった。
本を開く。河合隼雄の『「老いる」とはどういうことか』。高校時代にカネが無く進学が出来ないとわかった時に倫理の教員がくれた本だ。激励と共に貰った本は軽く湿っていて、少し重たかった。もしやコレを読んだら浦島太郎みたいに年老いてしまうのではないか、あの頃は本気でそう思って、一頁すらめくる事が出来なかった。あれから九年。少しは自分も年老いたのだろうかと思い読み進める。何とも無いただのエッセイだった。この紙切れに自分は何を求めていたんだろう。心の何処かで拠り所にしていたこの本を、あの教員の熱烈な言葉を、少し噛み締める。
「ただいま」
はにかんで戻って来たオンナの手にはアクエリアスが握られていて「未来だ!」と口にしたらそれはポカリスエットだと笑われた。
「そういえば、バレンタインのお返しにチョコを買ったんです。二人で食べましょう」
見え透いた照れ隠しもたまには良いな、そう思った。悴んだ手は無事チョコを地面へとぶち撒け、オンナと一緒に拾いながら食べた。この時間がずっと続けばいいのに。そう思いながら、ホテル街の路地で始発まで取り止めのない話をして過ごした。
いったいいつまでこんな事をして暮らしていけるのだろうか。地元に着いて剥がれ掛けた絆創膏を丸めて潰す。もう血は止まっていた。
◇◇◇◇◇
【著者】サカモト
2020年 トーチ6周年記念企画「老後を考える エッセイ募集」応募作品