行けたら行きます 16

 インド人にはまった。
 詳しく言うとインド系アメリカ人で、俳優でコメディアンのアジズ・アンサリという人だ。もっと詳しく言うと、Netflixで見ることができる「マスター・オブ・ゼロ」というドラマの主人公でもある。このドラマが面白い。主人公のアジズ扮するデフは私と同世代であり独身、多国籍な友人たちとのニューヨークの暮らしや恋愛模様は興味深く、2シーズンをすでに何周か見た程だ。いわゆるマイノリティの話なのだが、皆キャラクターが立っていて、そんな仲間たちに囲まれているデフが羨ましくもある。ドラマとはいえ、こんな日常もあるのだと想像すると、今自分が立っている場所がどこまでも広がり、ニューヨークにさえ繋がっていることを感じる。皆同じ時代を生きている。

 というわけで、アジズにはまっているというよりはドラマにはまっているのだが、アジズの経歴なんかをインターネットで調べていたら、本を出していることがわかった。翻訳されているものもあり、早速取り寄せてみると、何読んでるの? と下の娘が近づいてきた。
「当世出会い事情 スマホ時代の恋愛社会学(アジズ・アンサリ 田栗美奈子訳)」
 全ての漢字が読めないながらも、そのタイトルから何かを察したらしい。ニヤニヤしながら「まぁ、ママもきっとあたらしい人見つかるよ」などと言う。私はドキッとするものの、何と返せばいいのかわからない。

 死ぬ直前まで石田さんは家にいた。時々の外来と、検査入院以外は病院に行くこともなく、家での療養という形になったのだ。今考えると、もう手の施しようがないということだったのかもしれない。しかし最後の数ヶ月は、石田さんが弱っていくのとともに、私自身も参っていく一方だった。死にゆく人との日々は、精神的に堪えるものがあった。このままでは心穏やかに看取ることなどできそうにないと危機感を覚え、石田さんの在宅開始と同時に、私はカウンセリングへ行き始めた。最初は週一で通い、1時間ほど臨床心理士の先生に1対1で話を聞いてもらった。話は石田さんのことからお母さんのこと、今週あった出来事から幼少期の記憶と多岐にわたり、毎回尽きることはなかった。なんでも明け透けに書いていると言われる私でさえ、誰にも言ったことのない、初めて人に話す事柄がたくさんあった。相手に嫌われるのを恐れ、普段いかに人と話せていないかを思い知った。そして誰かに受け入れてもらえるということが、こんなにも解放されることなのかと驚いた。

 石田さんの病状が悪くなるほど、そして関係が悪くなるほど、私は誰かに救いを求めてしまっていた。どうしても人を求める気持ちが止められない時、カウンセリングで話すことで自分の心の動きを理解し、破滅的な行動を取るのを止めることができるようになった。あんなにも人を求めていたのが信じられず、今は生まれて初めて一人でいることを楽しんでいる。一人がこんなにも楽なんて、これまで理解できなかったことだ。今は自分で自分を助けることができる。

 石田さんが亡くなってからは、二週に一回と頻度を減らしつつも通っていたのだが、ついに先週、先生から「ずいぶん落ち着いているようですし、これからはどうしますか?」と、いわば卒業のお達しが出た。そろそろ大丈夫そうだ、と自分でも思っていたので、先生も同じように感じていたことが嬉しい。それでもこの場を無くしてしまうことに少しの不安があったので、現状報告が時々できるように、月1で通い続けることにした。

 10年間の結婚生活で得たものや学んだことは数えきれず、全てに心から感謝している。それと同時に、私はとんでもなく大変なことをしていたとも思う。誰かと一緒に生活すること、お互いに関心を向け続けること、相手を大切に思うこと。結婚はそういうことを指すと思うが、こんなにも大変なことは他にない。同時にこれほど尊いこともないのだが、今は一人でいることを精一杯楽しみたくて、次の相手なんて見つける気になれそうにない。

 私は変わったのだ。

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《著者プロフィール》
植本一子(うえもといちこ)
1984年広島県生まれ。
2003年にキヤノン写真新世紀で荒木経惟氏より優秀賞を受賞、写真家としてのキャリアをスタートさせる。広告、雑誌、CDジャケット、PV等幅広く活躍中。
著書に『働けECD―わたしの育児混沌記』(ミュージック・マガジン)、『かなわない』(タバブックス)、『家族最後の日』(太田出版)、『降伏の記録』(河出書房新社)がある。
『文藝』(河出書房新社)にて「24時間365日」を連載中。
http://ichikouemoto.com/