老いを追う 最終回 〜年寄りの歴史〜

最終章 老いに追われて 3

 日本の古い宗教画のなかに、「老いの坂」、あるいは「人生の坂道」と呼ばれる絵柄がある。
 熊野比丘尼という女性宗教者が、喜捨を集めるための旅に持ち歩いた曼荼羅の一場面だ。虹のように反った半円形の道に、二十五人ぐらいの人物が配される。右端は生まれたばかりの赤ん坊で、幼児から子ども、青年と左の方に描かれ、さらには壮年から老人へと人の一生が順に続き、最後には墓地が置かれている。
「老いの坂」の下には、「心」の一文字が記され、赤い線で六道と四聖界からなる十界と結ばれる。
 熊野比丘尼は、この絵の意味を人びとに解きながら、こんなふうに歌った。

老いの坂、登れば下る定め。
産湯の使う桶の中、父と母とに育まれ、鳥居をくぐり登り出す。
十や十五は春の頃、緑の木々が生い茂る。
四十、五十は秋の頃、赤や黄色のもみじの葉。
七十過ぎれば冬の頃、枯木に雪の花が咲く。
鳥居をくぐれば坂の下、あわれはかなき我等かな。

 坂道の頂上付近が人生の盛りで、あとは下っていくばかり。一生を春夏秋冬になぞらえていることといい、日本人の人生観を表わした図だとされている。

 しかし、実際の人生は、虹のような坂道を登って降りるように感じられるだろうか。ただただ長い坂道を、日増しに重くなる荷物を背負って、登っていくばかりなのではないか。
 重くなる荷物の中身は、たとえば記憶かもしれない。記憶のなかには、坂道を登っていくことを、励ましてくれた思い出もあるだろう。だが「後悔」の念は拭うことができず、積みかさなり、重くなっていくばかりだ。しかも、日本語の「後悔」にはどうも対義語がないらしい。
「後ろめたさ」の感情や、「後の祭り」だったという思い、「後ろ髪」をひかれた経験は、坂道を登る負担になる。なにかにつけ「後くされがない」とわりきれるなら、重荷も少なかろう。

 ひと昔前に、「断捨離」という言葉が流行ったことがある。身の周りの品々を、日頃から少なくし、老後に備えて身軽にしておこうという心構えだったはずだ。しかし後悔や、交わしてしまった約束は、決して断捨離できるものではない。
「あのとき、こうすればよかった」。
「あのとき、あんな取り決めをするべきではなかった」。
 そんな思いの少ない人が、後悔や約束をたくさん背負った人びとを追い抜いていくのだろうか。
 いや、たぶん、そういうことではないだろう。だれもが、いつまでも続く長い「老いの坂」を登っていくのである。

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《著者プロフィール》
畑中章宏(はたなかあきひろ)
1962年大阪府生まれ。
作家・民俗学者・編集者。著書に『災害と妖怪』(亜紀書房)、『蚕』(晶文社)、『『日本残酷物語』を読む』(平凡社)、『天災と日本人』(筑摩書房)、『21世紀の民俗学』(KADOKAWA)ほか多数。
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