国境線上の蟹 8


アメリカの「神話」について(前)
 〜砂漠と宇宙と移民たちの
 テキサス州ヴァン・ホーン、インターステイト10番の途中に位置するほとんどガス・スタンドとドライブイン・レストラン、そして長距離運転車向けのシャワールームを備えた土産物屋で構成された中継地点の街から、テキサス・ハイウェイ54番を北上する。
 5分も走ると市域を離れ、見えてくるのはどこまでも続く、赤茶色く乾燥しきった牧草地帯だ。もはやこの大陸ではお決まりのメサが遠くから近づき、そしてまた通り過ぎてゆく風景も、最初の数日こそダイナミックさに心を奪われるものの、走り始めて何日か経つとすっかり日常になってしまう。
 この星の最終氷期が終わったとされる約1万1800年前には、遠くメキシコから連なるチワワ砂漠地帯の果てのこの地はようやく海底から隆起したくらいだったと言われている。その頃に流れていた川の名残か、ところどころで50メートル程度の距離なのに高低差が8メートルはあるようなアップダウンが現れたり、保水力の極めて低い乾燥地ゆえにごく稀な降雨で大洪水になった過去もあるため、フラッド・ライン(洪水時の水の高さ)を示す標識もしばしば立っている。そうした束の間の刺激を通り過ぎると、無人の空間で延々と続く退屈が、また始まる。
 この州道を北上する際、左脇に広がるのは、総延長約90キロの全てにおいて、民営、おそらくは家族経営の小規模な——地平線の果てまで広がってはいても、この大陸においては小規模な——牧場である。牧場といっても緑が生い茂る肥沃な大地などではなく、超広大な乾燥地帯に点々と牧草の繁茂する大地が広がる、見た目としてはほぼ荒野だ。そんな風景の中に時折「サークル・ランチ(牧場)」「デイヴィス・ランチ」など素朴な名前を冠したゲートと郵便受けだけが立ち、意味があるのかないのかわからないような境界を主張している。
 一方、同じように荒涼とした風景ではあるが、右側はやや様子が異なる。道の途中に現れたゲートには「No Trespassing(不法侵入禁止)」の文字とともに部外者の立ち入りを厳禁する旨が書かれた看板が打ちつけられ、やや物々しい雰囲気だ。ゲートの向こうに何があるのかと目を凝らしてみても、その向こうに続く道は地平線に吸い込まれていくのみだ。
 Google Mapで確認すると、このエリアの名は「West Texas Suborbital Launch Site」。なんと、ここは今やその名を知らぬ者はいないAmazon.com創業者にしてCEOのジェフ・ベゾスが率いる宇宙開発企業ブルー・オリジンのロケット発射試験場だった。

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 宇宙飛行の商業化を目指して2000年に設立されたブルー・オリジンは2018年4月29日、8度目となる自社製ロケット「ニュー・シェパード」の打ち上げ実験に成功。その高度は35万1000フィート、約17000キロの過去最高を記録した。この動画でもわかるように、ニュー・シェパードは離陸時と同じ垂直姿勢のまま地球に帰還することができ、従来は途中で切り離していたロケットの再利用が可能なため、コスト面で商業化の見込みが立つという。この8回目の成功を受けて2019年からはいよいよ有人宇宙飛行のチケットを売り出すというが、その価格は少なくとも約2000万円程度になるらしい
 そんなブルー・オリジンのライバルである、イーロン・マスク率いるもう一つの宇宙開発ベンチャー「スペースⅩ」も、ここから約600マイル離れたメキシコ湾岸のボカ・チカにロケットの発射試験場を構えている。ペイパルの前身・Xcomの創業者であり現在はテスラの会長でもあるマスクは、クレバーで堅実なベゾスと違って「火星移住」をぶち上げるなどやや先走りがちなタイプのカリスマとして知られ、たびたびTwitterで炎上騒ぎを起こすことでも有名だ。先日、タイの洞窟で起きた小学生の遭難事故の際も「スペースⅩの技術で作った小型潜水艦を提供する」とぶち上げて突貫で製造、実際に救助活動が終了する数時間前には現物とともに自ら現地に到着したものの、結局出番はなかった。2200万人のフォロワーからは賞賛を浴びたが、その後彼の行動を「PRスタントだ」とツイートで批判した救助隊のダイバーの一人を「小児性愛者」と罵倒したことで世界的な非難を浴び、テスラの株は一時4%台も急落している。
 NASAの一大拠点・ジョンソン宇宙センターが立地するヒューストンが近いということもあってか、テキサスにはこの2社以外にも宇宙開発関連のベンチャーや研究施設が数多く存在する。商用の宇宙船開発を手がけていたものの2017年に倒産したXCORエアロスペースのように〝撤退〟したものも、未だ先頭集団を追いかけるのに余念がないものもいる。
 とにかく、アポロ計画の昔から今に至るまで、アメリカ人は宇宙が大好きだ。国の威信と存亡(宇宙戦争の可能性も当時は大真面目に論じられていた)を賭けてソビエトと宇宙開発を争った冷戦時代の記憶がまるで「神話」のようにそれを下支えしている部分はかなり大きいだろう。そして、ソビエトの消滅以降すっかり予算が縮小してしまったNASAに代わって、こうした宇宙ベンチャーたちがその神話の継承者として名乗りを上げようとしている。
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 アメリカ合衆国の歴史は「ピルグリム・ファーザーズ」と呼ばれるピューリタン(清教徒)たちから始まった。プロテスタントの一派である彼らは堕落したイギリス国教会の純化を主張して弾圧を受け、この〝新大陸〟に【純粋なキリスト教国】を築く理想に燃えて、1620年、帆船メイフラワー号で現在のマサチューセッツ州プリマスにたどり着く。
 だが、乗り組んだ102人の中には水夫や大工などもおり、必ずしも信仰のあるものばかりではなかった。
〈一人の高慢で不敬な若者、水夫たちの一人が(中略)病んだ哀れな人びとをつねに罵り、日々に酷い悪罵を浴びせ、旅の終わりまでに半分を海に投げ込み持ち物をわが物にしたい、と述べることを躊躇しなかった。(中略)この若者をひどい病で打ち倒すことが、神の御心にかなった。男はそのため悲惨なありさまで死に、最初に船から投げられる者となった。かくして男の呪いは己の頭上に落ち、男の仲間全員が驚いた。彼らはそれを、男に対する神の正義の手と知ったからである〉
 のちのプリマス植民地総督ウィリアム・ブラッドフォードが日誌にそう記した、この航海中の事件が、歴史のない新興国家・アメリカの、いわば最初の神話となった。
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 高まる宗教心に励まされてプリマスの港にたどり着いたピルグリム・ファーザーズだが、今度は異なる風土における食料生産の失敗で、半数以上が冬を越すことができず死亡した。それを助けたのが先住民・ワンパノアグ族であり、狩猟やコーン栽培の方法などを入植者に教え、手を差し伸べた。彼らの教えによって初めての収穫があったのち、入植者たちが先住民を感謝の宴に招待したことが現在のサンクス・ギビングの起源とも言われている。
 アメリカの詩人ウィリアム・カーロス・ウィリアムズは、その後のことについて、1925年にその詩情を存分に用いて著した歴史エッセイ『代表的アメリカ人』(原題=In An American Grain、富山英俊訳 2016 みすず書房)でこう書いている。
〈もしかれらのなかの「ピューリタン」が新世界への参入とともに終わり、成長の微妙な変化がただちに始まったら、すべては違っただろう。だが土地の性質は有利ではなかった。かれらはもっと南に上陸しようとした〉
〈ピルグリムたちのあの勇敢な出発の結果は、阻害し破壊する先祖返りだった。(中略)【文明世界でもっとも無法な国】殺人と、倒錯と、統御されない力のパノラマとなり、それを赦しうる理由は、その機械のぞっとさせる美だけだ〉
(※【 】部分の強調は筆者)
 長い船旅や別の世界との接触によっても〝自らの清らかさ〟を何ひとつ曲げることのなかったピルグリムたちは、原初の神話——崇高なキリスト教国を作らんとする自分たちを阻む異分子を〝神の正義の手によって裁く〟行為を、生真面目に自らに課し始めた。土地への不法な侵入やキリスト教への改宗の強制を経て先住民との関係は悪化し、1636年、ついに入植者たちはピグォート族の村を襲って数百人を虐殺した。その後、この大陸で侵略と殺戮の長い長い歴史が始まる。
〈「アメリカと名付けよう」
上陸するなり僕は言った
大きく息を吸い込んで、
我慢できずに倒れこむ
キャプテン・アラブは
さっそく証文を書き始めた
「港を作り、
ビーズと引き換えに土地を買おう」
その時気の狂った警官が来て
「銛を持っていた」という理由で
僕らを監獄にぶち込んだ〉
(対訳=筆者)
 メイフラワー号に乗ってアメリカに渡った人間たちを主人公に、その後のアメリカ社会の歴史をなかなか難解な詩で歌ったボブ・ディランの曲「Bob Dylan`s 115th Dream」の一節だ。
 先述の詩人ウィリアムズは、『代表的アメリカ人』訳者の富山英俊のあとがきを借りると、ピューリタンたちが〈魂の純粋性や神の摂理・意図を自己本位に信じて、みずからをそのなかに隔離し、真に新大陸と先住民に触れなかった〉ことを批判している。歴史を持たないアメリカは、その原初段階において他者への「裁き」を国産みの神話とし、己の手で自らを〝ぶち込んだ〟非寛容なキリスト精神の監獄の中から生まれ出でた。

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 アメリカには現在、「The General Society of Mayflower Descendants」(メイフラワーの子孫たちの会)という団体が存在する。これはメイフラワー号に乗り組んだ102名(どうやら、神の裁きを受けた例の水夫も入れてもらえているようだ)の子孫に連なる人々で構成された団体で、入会資格は「ピルグリムの血統である」という証明がなければ得られない。特に政治的な主張を激しくするわけではないが、ほとんどはアメリカ原初のピューリタンに連なる保守的キリスト教史観を抱く旧来の白人エリート、いわゆるWASP(White Anglo – Saxon Protestants=アングロサクソンの白人プロテスタント。アングロサクソンは5世紀前半に現在のドイツ北部から現在のイングランドに渡った諸民族の総称)の人々である。
 実は、こうした団体は他にもある。独立戦争(独立革命)を戦った人々の子孫であることを証明した人だけが加入できる「Sons of the American Revolution」(SAR=アメリカの革命の息子たち)、その女性版である「Daughters of the American Revolution」(DAR)という団体も存在する。これもやはり、ほぼ全員がWASPである。入会には血統の証明とは別に同じくSARやDARに所属する州の有力者の紹介が必要であり、かなりハードルは高い。
「自由の国」アメリカにおいて今でもこうした露骨な血統主義やエリート主義が存在するというのも皮肉な話だが、長らくアメリカ社会の上層を担い、「魂の純粋性や神の摂理・意図を自己本位に信じて、みずからをそのなかに隔離」してきたWASPの思想とはそういうものだ。外国のことには干渉しない代わりに、外国にも自国(の異分子=先住民やメキシコへの侵略・排除)に口出しはさせないという有名な「モンロー主義」が、その潔癖性と現実主義を表している。
 そんなWASPが支配的だった19世紀のアメリカにおいて他国からきた移民が受け入れられるには、きれいな英語を話し、彼らの暮らしに同化するしかなかった。初期に移民してきたプロテスタントのアイルランド人、そしてドイツ系や富裕なドイツ系ユダヤ人(西欧ユダヤ人)などは比較的すんなりそこに同化し、いわば「準WASP」として扱われた。
 だが、それ以降にロシアや東欧での迫害から逃れてきた東欧ユダヤ人は信仰や戒律を頑に守り、「負け組」として祖国を追われたイタリア人たち(第4回参照)はやたらと女好きで、当時の支配者であったイギリスの失政によるジャガイモ飢饉に困窮してやってきたアイルランド人はジャガイモばかり食べ、そして彼らは一様に貧しく、さらにカトリックだった。プロテスタントであるWASPは彼らをアメリカ社会への同化を拒む劣等民族とみなし、露骨な差別も行った。黒人やメキシコ人、アジア人は、そもそも彼らの世界には存在していなかった(その目には映っていただろうが)。
 
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 カトリック・アイリッシュたちは南北戦争において、多くがテキサスやミシシッピなどで構成された南軍の側として戦った。この内戦は日本においては奴隷問題のみにフォーカスされがちだが、WASPと開拓移民、工業化された資本家と農業の中に生きる労働者、プロテスタント(ピューリタン)とカトリックなど、もはやピルグリム・ファーザーズが目指した【純粋なキリスト教国】とは別物の奇怪な分断国家となったアメリカの諸問題が集約されている。WASPに差別されてきたアイリッシュが南軍に投じたのは彼らが奴隷主義者であったからというより、彼らが「WASPに差別されてきた」からでもあっただろう。時には、北軍側についたプロテスタント・アイリッシュに銃を向けることもあったはずだ。
 南北戦争の最中には映画『風と共に去りぬ』でも印象的に使われる「Dixie ディキシー」のような歌が多く作られ、南北両軍の戦意高揚と連帯感の醸成に一役買っていた。これらの大半が今でも(特に南部においては)アメリカのトラディショナル・ソングとして歌われているが、南軍アイリッシュの勇猛さを歌った「The Irish Brigade アイリッシュ師団の歌」や、いかにもプロテスタントらしい大義を歌った北軍アイリッシュの「We`ll Fight for Uncle Sam 我らはアンクル・サムのために戦う」など、アイルランド人の心持ちを歌ったものが特に多い。それだけ多くのアイリッシュが、アメリカに溶け込むために南北軍に身を投じたということだろう。
〈すぐに戦いが始まった
おれたちは銃剣突撃をかました
南部の悪党どもはたちまち戦いを放り出し
ピーナッツみたいに小さくなった
ああ、おれたちの殺戮は物凄かった
こうしておれたちアイルランド野郎どもは
戦いのために悪魔の申し子になった〉
(対訳=筆者)
 大部分は己の勇猛さを誇示する「We`ll Fight for Uncle Sam」の中のこの一節に、彼らの苦悩が透けて見える。この南北戦争もまた、今日に至るまでアメリカに分断の陰を落とす「神話」である(「アイリッシュ師団の歌」のコメント欄を見るとそれがよくわかる)。

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 ソビエト連邦の人工衛星開発に対抗すべく1960年にNASAが着想したアポロ計画は、翌年大統領に就任した「JFK」ジョン・フィッツジェラルド・ケネディによって完成した。この国の史上初めて誕生したWASP以外の——アイルランド移民の息子でカトリックの——若き大統領に国民は熱狂し、彼の「今後10年以内に人間を月に着陸させ、安全に地球に帰還させる」と公約した議会演説によって、アメリカは宇宙へと新たなメイフラワー号を送った。そこに乗っていたのは迫害を受けたピューリタンではなく、彼らが数百年の同化と排除の歴史の果てにたどり着いた【最も強く正しいアメリカ】という自己正当化のドグマだった。
 ケネディは1963年、テキサス州のダラスで暗殺されたが、その公約は1969年7月20日、アポロ11号によって達成された。その死とその成功によって、ケネディとアポロの「神話」は完成したといえる。
 こうしたアメリカの〝A面〟の神話の陰には、いわば〝B面〟の神話もある。次回は、その話を書いていきたいと思う。

(中編に続く)
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〈著者プロフィール〉
安東嵩史(あんどうたかふみ)
1981年大分県生まれ。
編集者。移民・移動と表現や表象、メディアの関係を研究することを中心領域とする。
2005年以降、書籍や雑誌からVRまでの発行・執筆・展示・企画などを多数手がける。
2017年にTISSUE Inc. / 出版レーベルTISSUE PAPERSを設立。
ウェブサイトはそろそろ。
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