ひまの演出論10

タコス/フッド/ノスタルジア

山本ジャスティン伊等

初対面の人とかに話の流れで「どこ出身?」と聞かれて、カリフォルニアですと返すと、十中八九の場合、英語が話せるのか、何歳まで 向こうにいたのかとさらに聞かれる。
「5歳くらいまでなんで全然喋れないんですよ、ほとんど記憶もないし。親に昔のことを話すと、たまに「それアメリカにいた頃だよ」って言われて、それでやっと気づくみたいな程度ですよ」
たいていの場合、相手はなぜかちょっと残念そうな顔をしている。話が広がらないと思われているのかもしれない。

申し訳ないけど、喋れないものは喋れないし、覚えていないものは覚えていない。私の記憶のほとんどは世田谷の古いアパートからなっていて、アーティストとしての名前にジャスティンというミドルネームを入れてるけど、これが書かれているのはアメリカのパスポートだけで、日本の戸籍にはこの名前はない。べつになくなっても困らないが、私が名乗らなければ、自分と生まれた場所のつながりがほんとうにこの世界から消えてしまう気もする。私にとってアメリカは旅行くらいしか行ったことのな「地元」であり、底の抜けた自分のルーツの、まさにどこかへ落っこどしてしまった底そのものだ。ずっと回収できないでいる、忘れてしまった「地元」が自分にはあることを、「ジャスティン」という名前を書くたびに感じる。

ほとんど覚えてないわりにノスタルジーばかり一丁前に感じるのは、母の教育の成果かもしれない。ウチは定期的に夜ご飯でタコスが出てくる、たぶん日本では数少ない家庭だった。そしてこれはおまえの生まれた土地のメシなんだと、今はこうやって日本で貧乏生活をしてるけどおまえがアメリカで生まれたことの意味はいつか必ず分かると聞かされた。

硬いトルティーヤに玉ねぎだの肉だのワカモレだのを詰め込みながら話す母の昔話は、カリフォルニアやアリゾナやフロリダの暑さを正確に描写していた。それはつねに貧乏だった頃の話だ。1ドルもしないスタバのコーヒーを飲みながら、日がな一日砂漠を見ていたらいつの間にか視力が2.0を超えていたり、車に轢かれたアルマジロの死骸が干からびていたり、マイケル・ジョーダンとすれ違って母が読んでいる日本語の本の話をしたり、やさしいネイティブアメリカンの男とちょっとした会話をしたり、どれをとっても日常の些細な、いやむしろ些細な出来事だからこそディテールが込んでいた。

マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』には、紅茶に浸したマドレーヌだとかちょっとした石畳の感触から過去の記憶がワッと呼び起こされてくる有名なシーンがあるが、アメリカを覚えていない私はタコスを食べても何も思い出さない。うめえうめえと思うばかりである。だいたい、タコスはアメリカ流にアレンジされてはいても、もとはメキシコ料理である。けれども同時に、わたしはノスタルジーを感じないわけにいかない。アメリカ風メキシコ料理を食べて、母から聞かされた昔話、というよりもそこにある90年代西海岸の気温や乾いた風を、べつに思い出せもしないのに懐かしく感じる。

記憶そのものではなく、それを振り返るひと——ここでは母——の懐かしさこそを、私が代わりに再演しているみたいな感じなんだろうか。不思議な気分だ。でもそれはなんというか、私たちがふだん常識として捉えている「身体」とか「時間」とか「記憶」じゃない、別の捉え方へと踏み込むカギになる気もしている。だからというわけではないがタコスは今も定期的に食べたくなる。

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◾️プロフィール
山本ジャスティン伊等
カリフォルニア州サンタモニカ生まれ。
Dr. Holiday Laboratory主宰。演劇/テキスト制作。
主な作品に『うららかとルポルタージュ』『脱獄計画(仮)』『想像の犠牲』など。

web https://drholidaylab.com
制作日記 https://justin-holiday.fanbox.cc/
X https://twitter.com/ira_they