ホームフル・ドリフティング 18

#18 ソウルのホテル
「土足」が不思議でしょうがない。
 土足という言葉を使うときは常に土足ではない状態が想定されているわけで、さまざまな空間はふたつの状態の間を揺れ動いている。機能や見た目によって分かれているかといえば、そうとも限らない。ほとんど同じ空間でも靴を履いたまま入っていい場所と駄目な場所があるし、国によって事情も変わってくるだろう。その境界線は非常に曖昧で、だから不思議でしょうがないのだ。そしてこの不思議さは、家(ホーム)の不思議さにも繋がってくる。
 生まれてこの方日本の生活様式のなかで育ってきたぼくにとって、靴は家に入ったら脱ぐものであり、靴を脱ぐことは家(のような空間)に入っていくことを意味していた。だから、家の中でも靴を履いて過ごしてきた人が思い浮かべる「家」はぼくにとっての家とズレているかもしれない。というか、ズレていないとおかしい。ズレていてほしい。
 このズレをぼんやりと浮かび上がらせるのが、ホテルという空間だ。ホテルは土足だし土足じゃない。先月に韓国・ソウルを訪れたのだが、海外だと土足の感覚がより一層曖昧になるのでさらにズレが浮かび上がってくるような感覚を覚える。
 あなたは、ホテルに泊まるときどこで靴を脱いで、どうやって過ごすだろうか。部屋に入ってすぐ靴を脱ぐ人もいるだろうし、靴を履いたまま過ごす人もいるだろう。すぐスリッパに履き替える人だって多いはずだ。ぼくはいまだに自分なりのルールがなく、いつも適当なところで脱いではスリッパを履いたり履かなかったり、靴下だったり裸足だったり気まぐれに過ごしている。
 裸足で過ごすなんて信じられない、足が汚れるに決まってるじゃないか、という人もいるだろう。でも、そこがホテルのいいところでもあるのだ。自宅で過ごしているときよりも裸足でいる意識が高まり、自分の領土を広げていくような感覚が生まれるのがいい。ホテルは家の内側でもあり外側でもあって、自分が裸足でいることが家っぽさを担保してくれるようなところがある。
 じゃあスリッパはどうなのかといえばこれはこれで手強いやつで、スリッパそのものが家(のような場所)の境界線をふんわり溶かしてしまうようにも思える。スリッパは人が裸足でいられる場所でも使われるし、土足で過ごす場所でも使われうる。ただし、屋外で履かれることはほとんどない。スリッパとは一体なんなのだろうか。そんな問いはいくらなんでも雑すぎるだろうけれど。
 家(ホーム)は意外と足元から始まっているのかもしれない。ならば、試しに土足で家の中に入ってみるのはどうだろう。あなたが土足で自分の家に入るとき、その空間はどのように変わってしまうだろうか。

◇◇◇◇◇
《著者プロフィール》
もてスリム
1989年、東京生まれ。おとめ座。編集者/ライター。
http://motesl.im/
https://www.instagram.com/moteslim/