行けたら行きます 2

 16時前に病室に着くと石田さんが眠っていた。ついさっき抗がん剤治療が終わったらしく、予想より投与期間が長かったので石田さんも驚いている。先週からずっと同じパジャマを着ているのが気になって、着替えないの?と聞くと、今は着替える力が出ないのだと言う。抗がん剤の副作用かもしれないらしい。
 先週、装丁家の鈴木成一さんと食事会があり、その時に「お前は石田さんの文体を継承したんだ」と言われたという話をすると、やっぱりわかる人にはわかるんだ、となんだか嬉しそうにしている。
「じゃあ『失点・イン・ザ・パーク』も鈴木さんに読んで欲しいなあ。だってあれが一子の原点でしょ」
 確かにそうだった。鈴木さんのようにたくさん文章を読んでいる人に言われたのは嬉しいが、文体が似ていると言われるのは未だに違和感というか、恥ずかしさのようなものがある。それでも、これはすごいことなんだぞ、と鈴木さんに念をおされた。その夜どこかで財布と携帯を無くした(のちに警察に届いていた)と鈴木さんからメールが届いていたので、私に言ったことも覚えていないかもしれないが。
 とにかくこれからも、書いて、書いて、書きまくれ、お前の文章に励まされてる人が沢山いるから、と鈴木さんに言われたと言うと、
「なかなかそんな風に言ってくれる人はいないよ」と言う。
 鈴木さんとはまだ出会ったばかりだが、すでに信頼できる人だと思っている。次の石田さんの本の装丁を、鈴木さんに頼むつもりなのだ。
 信頼といえば、石田さんは石黒さんのこと、嫌いになったりしないの?と聞いてみる。これまでの石田さんのジャケットのアートワークをいつも任せているデザイナーの石黒さんだが、とにかく締め切りを守らず、7月に出るベストアルバムも、当初の予定から半年も遅れてしまった。毎回石田さんは待ち続けるが、今回は堪忍袋の緒が切れたのか、癌が再発したのストレスのせいだ、とつぶやいたのを私は聞き逃さなかった。
「え?そんなことで嫌いにならないよ」
「でも締め切り守らないって信頼できないじゃん」
「もっと根本的なところを信頼してるから」
「根本的なところ?」
 石田さんが病院の天井を見ながら少し考えて「才能」と言った。
 そんな風に思える人がいて、頼みたいと思うのは自然なことかもしれない。それでも、私はその発言に、少し驚いてしまった。この人、もしかしたら私のことも、そんな風に思ってるんじゃないだろうか。呆れつつも、いつも許されてしまう。
 鈴木さんに頼む原稿はすでに書き終わっている。自分のことをどう思われているか知るのが恐ろしくて、本になるまで読まないでおこうと思っていた。それでも鈴木さんのところには、わたしが石田さんの代わりに打ち合わせに行くことになっている。今日やっと、その原稿を読む気になった。石田さんのためにも、いいものを作らなければいけない。石田さんの本を、これからみんなで作るのだ。
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《著者プロフィール》

植本一子(うえもといちこ)

1984年広島県生まれ。
2003年にキヤノン写真新世紀で荒木経惟氏より優秀賞を受賞、写真家としてのキャリアをスタートさせる。広告、雑誌、CDジャケット、PV等幅広く活躍中。

著書に『働けECD―わたしの育児混沌記』(ミュージック・マガジン)、『かなわない』(タバブックス)、『家族最後の日』(太田出版)がある。

『文藝』(河出書房新社)にて「24時間365日」を連載中。

http://ichikouemoto.com/