生きる隙間 6

 実家の荷物を整理していたら、大学時代の写真のインデックスが出てきた。あまり普及しなかったAPSフィルムで撮影していた物で、現像してくれる写真屋さんを探してデータ化してもらった。再び浮かび上がる過去。その中には、たくさんの自撮り写真があった。私は自撮りが趣味で、現実より遥かに美しく自分を撮るというのは得意中の得意である。離れて暮らしていた両親に元気ですとメールをしていた時も、盛りに盛ったセルフィーを恥じらいもなく添付していた程だった。
 シカゴにある美大に通っていた頃、MADRADHAIRというファッションレーティングサイトが流行っていた。キメキメの髪型の自撮りをアップするとサイト登録者たちがその写真を採点する、という仕組みだった。エモやハードコアやインディーロックが流行っていた2000年代初期、当時のキッズたちは思う存分自分の属性を見た目で表現していた。私は当時、ボロボロでクッタクタが良しとされるクラストパンクなるものに没頭していた。貧しい訳ではないけれど、高級オーガニックスーパーのゴミ捨て場に夜な夜な出向き、まだ食べられそうなパンやにんじんやブロッコリーをゴミ箱から拾い上げ、パスタにして食べていた。勿体無いし、エコだし、なんかそういうことするのがかっこいい、というのが当時の私のマインドである。メキシカンコミュニティーにパンクスがたくさんいたので、鋲ジャンを羽織り破れた網タイツとマーチンを履いてその地域のライブへ行くと、アメリカなのに英語なんて話す人はいないし、たわいもない話をしていたら彼らの親族のブロックパーティー的なものに誘われたりと、クロスカルチャーを目の当たりにしていた。メキシコ系アメリカ人でありゲイであるというマイノリティーを表現するバンドもいた。自分がありのままの姿でいるのが当たり前で、各々がなんであれ受け入れてくれる環境がどこかしらに存在しているというのは心強かった。
 私ももれなく、MADRADHAIR登録者であった。良くも悪くもアジアンガールがブームの頃だった。インディーズシーンではボアダムズのYOSHIMIがみんなのミューズで、アジア人女性としか付き合わない白人男性などもちらほらいて、それはそれでアジアンオブセッションと呼ばれ差別的な性的嗜好として軽蔑されていたりもしたけれど、数少ないアジア人としてMADRADHAIRに属しているのは気持ち良かった。なんせ、モテた。今までにないほどモテた。自撮りをアップすればかわいいかわいいと褒め称えられ高得点を叩き出せた。自己評価を他人に委ねてしまうこのサイトが、私にとって唯一自分を肯定できる大切な場所となってしまった。毎晩、最高点を得れるような自撮りを一人きり淡々と撮る。髪型をセットして、入念に化粧をして、パンクスゴリゴリの格好をして、大きなデジカメを自分に向け最高にエモい表情をする。孤独な作業である。良い写真が撮れればにやけながらアップ、そして他人からの採点とコメントを待つ。どうか私を認めてくれ。
 今思えば、歪んだ時代である。他人に点数を付けられることにより肯定されたと思ってしまう、自分の核を失うような行為であった。ルッキズムの認識が甘かったあの頃、レーティングサイトは確かに流行っていた。自分のおっぱいの写真をアップして点数を付けてもらうというものまであった。他者が関わらないと自己肯定できない2000年代初期、なぜエモ音楽が流行ったのかも納得してしまう。しかし、MADRADHAIRもそのうちみんな飽きてしまい、あっという間にサイトは廃れてしまった。
 時は移り変わり、今は不特定多数からのレーティングなんて評価に値しない世界になってきたと思う。コロナ禍でさまざまな競技大会も減り、競争への執着も少しずつ薄れてきているような気もする。インスタのいいねの数も表示されなくなった。そして、セルフケアという言葉が頻繁に使われたりと、自己肯定できる環境を作ることが重要視される社会になりつつあると思う。
 ルッキズムの巣窟だったレーティングサイトは行き過ぎだったかもしれないけど、私がいたアメリカは、大雑把で分かりやすかった。ありのままであろうとカッコつけようと、自分が思う自分の姿を受け入れてくれたコミュニティーの懐は深かった。私が今住んでいる日本の田舎町でも、そんな環境を育むことができたらと思う。なんせ先日、派手なネイルをしにネイルサロンに行ったら、そんなのやっちゃって大丈夫?職業柄ヌードカラーでしかネイルできない人も多いですよ、なんて言われたりもしたから。どこにでもいるような当たり障りない人物像が望まれるなんて差別的にも感じるし、個々の身体の自由も奪われてしまっているような気がする。
 私は今も自撮りを撮り続けている。恥ずかしくもないし、自分自身を好きになる術として受け入れている。ナルシストだね、なんて言われても気にしないくらい図太くもなった。他人から見るとちょっと変なこと、というのが偏見なく受け入れられる世界が来るといいな、と、毎日心から願っている。
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〈著者プロフィール〉
小嶋まり
渋谷区から山陰地方へ移住。写真、執筆、翻訳など。
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