推薦文 日下三蔵

『宙に参る』の衝撃

SF・ミステリ評論家、編集者 日下三蔵

 ネット上で『宙に参る』の連載が始まった時、内心で「しめた!」と叫んだ。当時、私はその年に発表されるSF作品のベスト・アンソロジーの編纂という仕事をしていて、優れたSFマンガを鵜の目鷹の目で探していたのだ。
 いや、もちろん優れたSFマンガは数限りなく発表されているのだが、昨今のマンガ全体の傾向として、雑誌に連載されるのは長大なシリーズものがほとんどであり、読切作品または読切スタイルの連作、さらに年間ベスト級のクオリティを備えた作品となると、ほぼ皆無に近い。
 藤子・F・不二雄や星野之宣、岡崎二郎といった人たちが、頻繁に読切スタイルの作品を発表していた頃ならいざ知らず、現代においては「SFとして面白い短篇マンガ」は、極めて貴重なのである。
 私たちが作っていたアンソロジーは小説作品を対象にしたものだったから、実をいうと無理にマンガを入れる必要はなかった。担当編集者も相方の編者も、マンガはなくてもいいじゃん、という意見だった。
 それでも私がマンガを入れることにこだわっていたのは、お手本にしていた筒井康隆さんのアンソロジー《日本SFベスト集成》シリーズ(現在はちくま文庫に収録)に、いつもマンガが入っていて、それが素晴らしく面白かったからだ。
 手塚治虫、永井豪、藤子不二雄(藤子・F・不二雄)、松本零士、諸星大二郎、増村博(ますむらひろし)といった人たちの作品から受けた衝撃は、私の読書体験の根っ子に近いところにある。
 現代の読者に、そして、われわれが作ったアンソロジーを十年後、二十年後に読んでくれる未来の読者にも、同じ衝撃を感じて欲しくて、私は優れたSFマンガを探し続けていた。『宙に参る』を既にお読みの方には、私が「しめた!」と叫んだ理由を、ご理解いただけることと思う。
 それこそ藤子・F・不二雄や岡崎二郎のようなシンプルな描線で、細部にまでアイデアに満ち満ちた物語が綴られていく。舞台となるのは宇宙空間だが、スペースオペラ式の荒唐無稽な宇宙ではなく、人工知能を相棒に人類がごく近い宇宙に進出を果たしている「リアルな近未来」である。
 進歩したテクノロジーならではの様々な事件が起こり、登場人物たちの過去が少しずつ明かされ、作者が紡ぐドラマは読者をグイグイと引き込んでいく。
 だが、技術はどれほど進歩しても、それを扱う人間は、いまを生きる私たちと、取り立てて変わるところはない、という視点が徹底しているのが、この作品のユニークなところだ。何しろ主人公の旅の目的が亡夫の遺骨を地球の義母に届けること。すなわち「墓参」なのである。何が人間らしいといって、これほど人間らしい営みも、あまりないだろう。
 ソラと宙二郎の旅が、どういう軌跡をたどり、どういう結末を迎えるのか、リアルタイムの発表時に立ち会えた幸運をかみしめながら、楽しみに見守りたいと思っている。

 なお、創元SF文庫の『年刊日本SF傑作選 おうむの夢と操り人形』には、『宙に参る』の第三話「永世中立棋星」を収録させていただき、たいへん好評だったことを付け加えておく。

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