土の上 33

 うちの庭には小屋がある。一昨年のクリスマスに娘がおじいちゃんにお願いして作ってもらったものだ。私は犬小屋のような簡単なもので十分だと考えていたけど、せっかく作るならしっかりしたものを、と孫のために手腕をふるってくれた。おかげで娘は立派な小屋を手に入れた。遊び用の小さな小屋ではあるけど、ちゃんと電気も通っている。二畳弱の小屋の中にはテーブルと椅子が備え付けてあり、以前に私が作ったキッチンセットも置いてある。実家からお古のトースターも提供され、ままごとやお店屋さんごっこ、プラ板作りに役立っている。
 室内にはホットカーペットが一枚敷いてあるだけで、冬は寒く、夏は猛烈に暑い。そのため、小屋遊びは気候の良い季節に限られる。近頃は日も長くなり、小屋開きにはちょうどいい季節になった。
 平日、娘は学校から帰ってすぐに手提げ袋に宿題を入れ、水筒を提げて小屋へ向かう。小屋では勉強が捗るらしい。私は仕事部屋から小屋の窓に娘の姿を確認しつつ、自分の仕事に精を出す。

  最近娘は『赤毛のアン』を読んでいた。お気に入りの場所や物に名前を付けるアンの影響で、娘も庭のあちこちに名前を付けたいと言う。手初めに、最近完成した木の枝で作った橋は「森の小さな橋」と名付けられた。そして、石と干し草の椅子は「景色のいい椅子」。アンに倣ってもっと想像力を働かせてほしいものだけど、安直でストレートな表現が子どもらしいな、とも思う。
 私は小屋の命名権を与えられたため、少し考えて「離れ小島」はどうか、と提案した。だけど、もっと夢のある名前がいい、と一蹴されてしまった。まぁそうだよなぁと考え直し、夏には庭が草だらけになることから、「大草原の小さな小屋」なんてどう?と再提案した。私が小さい頃によくテレビで見ていた『大草原の小さな家』をもじった名だ。なんて素敵な名前を考えたのだろう、と思った。頭の中では主人公のローラが草原を駆け下りてくる姿や、大草原に佇むインガルス一家の家がフラッシュバックした。ところが、娘はピンとこなかったらしく、やっぱり自分で考える、と言う。かくして、命名権を剥奪された私は、助言者という立ち場から名付けの顛末を見守ることにした。その後、小屋のすぐ横に生えている棕櫚の木にちなんだ「棕櫚の小屋」などを経て、結局は「秘密の小さな小屋」に落ち着いた。
 今週、秘密の小さな小屋には小さなお客さんが三人訪れた。水曜日にクラスメイトが二人、金曜日に一人。学校で小屋の話をしていたらしく、皆家に着いてすぐに小屋へと向かった。狭い小屋で小さな肩を寄せ合って宿題をしている姿は何とも微笑ましかった。そして、外に出てなぜか懸命に木の枝を土に挿している子と友に、私はアンとダイアナの姿を投影していた。

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《著者プロフィール》
宮崎信恵(みやざきのぶえ)
1984年徳島生まれ。
STOMACHACHE.として妹と共に雑誌などのイラストを手がける。
その他、刺繍・パッチワーク・陶芸・木版画・俳句・自然農を実践する。
http://stomachache.jp
http://nobuemiyazaki.tumblr.com