土の上 43
宮崎信恵
その人は時々ここに来るのだと言った。本を探しにやって来たら、見覚えのある絵の案内を目にしたのだと。
その人は夜逃げして学校に通えず家にいた子供の頃、とても細かい人生設計をノートに記していたのだと言った。何歳でバンドを組み、そのバンド名もデモテープを作る時期までも詳細に。
その人は転校するたびにいじめられたのだと言った。男子は皆中日ドラゴンズのキャップを被る中、その人は色が好きで選んだジャイアンツのキャップを被っていたから。
その人はTwitterで展覧会情報を吸い取ろうとしたのだと言った。でも、一気に自分の元気を吸い取られてしまった。
その人は奥さんの実家のある台湾へ行くたびに寝込むのだと言った。夏は暑すぎるし、冬は朝晩の気温差にやられるのだと。
その人はあの人はよく名古屋にいる、と言った。送別会をしたのにその後すぐに名古屋に来てたし、その後もよく会うんだけど。
その人は娘さんの要望を盛り込んでかわいい女の子の絵を描き続けているのだと言った。頭に猫が乗り、肩では小鳥が歌い、両手のカゴに小動物を持つ。
その人は長い時間をかけて部屋のあちこちを眺めていった。何も話さず、音も立てずに歩いた。
その人はあの人が「作る気になる展示だった」と言っていたと言った。最上級の褒め言葉だと。
その人は駅前でデータ入力の仕事をしている、と言った。キーボードを打つ音を聞いていると楽しくなってくるのだと。
その人は「のぶえちゃんいいよ」と何度も言った。先週は土曜出勤があったから、今日はその代休なの。
その人は友達から電話がかかってもあまり出ないのだと言った。佐賀の夜はあまりにも静かだから。
名古屋のマンションのギャラリーの一室、私は壁や床に紙や布、木、土などを吟味して配置した。それを見るために方々からその部屋めがけて人々がやって来る。そこで交わした話を、今徳島の土の上に建つ小さな家の一室で、布団に入って思い出して寝るところ。
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《著者プロフィール》
宮崎信恵(みやざきのぶえ)
1984年徳島生まれ。
STOMACHACHE.として妹と共に雑誌などのイラストを手がける。
その他、刺繍・パッチワーク・陶芸・木版画・俳句・自然農を実践する。
http://stomachache.jp
http://nobuemiyazaki.tumblr.com