土の上 44

 風薫る五月。数年前までは、本当に五月が薫るものだとは知らなかった。家にいるだけでこんなにも辺りが芳しいとは。庭でルッコラの葉に触れたなら、その胡麻に似た香ばしい香りにハッとする。柑橘の葉に付く蝶の幼虫が放つ何とも言えない嫌な臭い、真っ暗闇に漂う他人の庭の花の気配、雨の日の湿った土の匂い、台所に吊るした花の束からは花粉がツンと鼻の奥を突く。身の周りには今の私の五月の風が薫る。
 仕事部屋の窓の外には日に日に緑が迫る。窓辺のアボカドもぐんぐん生長する。小学二年生になった娘は、少し前まで「学校に行きたくない」と泣いていたこともあったけど、問題からうまく回避できるようになったらしく、今は楽しく通っている。一年前、目を輝かせて「小学校のうんていっておっきいんだよ!」と教えてくれた娘。私もそんな風に驚きに満ちた発見をしたいものだなぁと思った。今では新一年生たちを学校案内するくらいお姉さんになって、ぐんぐん成長する姿を頼もしく思う。
 周りの小さきものたちの成長を感じながら、わたしも小さくうずくまって草抜きをしていたら、不思議と疲れがほぐれていくような感覚があった。自然はどんなときでも調和を保とうとするのだと、自然農を実践する義兄が言っていた。この小さな庭の中にいたら、こんがらがった心がほどけて、少しだけ自然の一部になれるのかもしれない。それともただの白昼夢だろうか。

 仕事の合間、立ち上がって鈍った体を目一杯伸ばしたら、軽い立ちくらみのような状態になり、隣のベッドにダイブした。ふかふかの羽毛布団に飛び込んだら天国に沈み込んだかのようで、しばらくそのまま寝転んでいた。その一瞬の落差のトリップは何だか癖になりそうで危ない。
 今は展覧会の真っ最中で、制作に追われることもなくのんびりとした毎日を過ごしている。一旦制作は終えたけど、また新たに作りたいものも出てきて、早く作りたいなぁ、とも思っている。
 今週末はギャラリー在廊と搬出のため、車での名古屋へのトリップを控えている。前日はたっぷりの睡眠に溺れ、コーヒーでカフェインを摂取し、大音量の音楽でハイになって、疲れを感じたら早めの休憩をキメたい。
 血走った眼球をギラつかせながらギャラリーでお待ちしています。

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《著者プロフィール》
宮崎信恵(みやざきのぶえ)
1984年徳島生まれ。
STOMACHACHE.として妹と共に雑誌などのイラストを手がける。
その他、刺繍・パッチワーク・陶芸・木版画・俳句・自然農を実践する。
http://stomachache.jp
http://nobuemiyazaki.tumblr.com