土の上 46

 仕事をしようとか、ストーブをしまおうとか、しなくてはいけないことをせずに次に編むセーターの柄を考えている。何色の糸で編もうか、どんな形がかわいいか、などと考え始めると、今すぐに編みたくなって、目が毛糸入れの籠を探る。以前は寒くなってきたら編み物を始めることが多かったけど、ここ何年かはその時期がどんどん早まっている。去年は八月の終わりに編みかけのセーターを再開した。
 そんなことを考えていたら、向こうの部屋で楽しげな女の子たちの笑い声が聞こえる。今日は娘の友だちがひとり、家に遊びに来ている。少し前に庭の小屋で遊ぶ様子を見に行くと、二人とも汗だくで遊んでいたから、慌てて撤収させて家に入るように言ったのだった。今日は朝からよく晴れている。午後は蚊が増えるから、蚊取り線香に火を着ける。
 名古屋での絵本の刊行記念展が終わった(ご来場ありがとうございました)。展覧会のときはいつも、数日間で一年分くらいの人々に会ったような気になる。今回も在廊中にたくさんの方と話すことができ、意外な出会いや懐かしい再会、新たな発見や確信したことなど、様々な刺激を受けた。
 徳島に帰ってからのこの数日間は、脱力感と気怠さに苛まれている。朝は娘を見送った後で再び寝てしまうし、庭の草が徐々に地を覆い尽くそうとするのを見て見ぬ振りをしている。洗濯物は溜まり、冷蔵庫は庫内の空白を冷やし続けている。
 燃え尽きそうなのだ。

 いつも沸かしたお茶を入れている瓶を漂白した。茶渋が落ちて透明感を取り戻した瓶は、その表面に瑞々しい雫を纏いながら、ステンレス製の水切りかごの中で皿に混じって立てかけられている。瓶は洗えば何度でもピカピカになる。そんな当たり前のことを見せつけられたような気がした。
 窓辺の蚊取り線香を見ると、ぐるぐると円を描く線の先端の火はいつの間にか消えてしまっていた。灰になった燃えカスが独特の曲線を灰皿に留めている。
 自分の内に僅かでも灯る火があるのなら、今はそれでいいじゃないか。ひっそりとした蚊取り線香の佇まいを悪くないと思う夜だった。

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《著者プロフィール》
宮崎信恵(みやざきのぶえ)
1984年徳島生まれ。
STOMACHACHE.として妹と共に雑誌などのイラストを手がける。
その他、刺繍・パッチワーク・陶芸・木版画・俳句・自然農を実践する。
http://stomachache.jp
http://nobuemiyazaki.tumblr.com