行けたら行きます 4

 石田さんが先週退院した。二週間家で過ごし、また入院して抗がん剤治療に入ることになっている。これを繰り返すことになるらしい。入院中のある日、石田さんの隣のベッドの人が抗がん剤治療の説明を受けていた。その人は抗がん剤治療中に家でどんな風に過ごしたらいいかと先生に尋ねた。やって良いこと、悪いこと、私も未だにわからないことが多い。先生が何と答えるのか耳をすませる。
「あのね、やっちゃいけないことは何もありませんよ。抗がん剤治療っていうのは、家で過ごす時間を長くするためにやるものなんです。いつも通りに過ごしてください」
 つまりは、家で過ごせなくなる日が近いということでもあるのだろう。改めてこうしてはっきり言葉にされると驚いてしまう。隣の人も、石田さんと同じような状況なのかもしれない。死を少しでも遠ざけるための治療。生を少しでも伸ばすための治療。転移してからの抗がん剤治療はそういうことなのだ。

 いつも通りとはいえ、できないこともたくさんある。石田さんは食道ガンを切ることで、食道が短くなり胃も小さくなったため、食事はあまり入らない。固形物を摂るのが難しい。70キロ台だった体重も、今では私の体重より軽い。
 ある時、お見舞いから帰る際に何気無く「ラーメンでも食べて帰ろっかな」と言ったことがあった。すると石田さんが、うわぁー、いいなぁー、と珍しく悔しそうな顔をする。私はハッとして、気休めだとわかりながらも、また食べれるようになるでしょ、と言った。石田さんは、いやー、食べれないよ、食べれたとしても、一食はもう食べれない、と寂しそうに返す。残すのは嫌だろうし、そうなると確かに外食はもう難しいのかもしれない。
「テレビで食べ物の番組とかやってると、うまそうだなぁって涙出そうになるんだよ」
 石田さんが泣いているのを見たのは、数年前、飼い猫のターちゃんがいよいよ死ぬ、となった時だけだ。

 少し前までは、おかゆとカロリーメイトのドリンクで家では過ごしていたが、最近病院で出るおかずで、ひき肉と豚しゃぶなら食べられることがわかったと言う。前に退院した時は、家で食卓を一緒に囲んでも、同じおかずは食べられなかった。石田さんの隣で娘と三人、唐揚げだの天婦羅だのをいつも通り食べていた。
 食べられるものがあるというのなら、私も作ろうと思う。石田さんが退院してこの一週間、シューマイ、肉団子のスープ、鳥つくね、ピーマンの肉詰め、肉団子の酢豚、豚しゃぶ、と続いたが、そろそろレシピが尽きてきた。困って石田さんに何が食べたいか聞くと、麻婆豆腐だと言う。今夜はそれだ。毎食、子どもの量にも満たないおかずを、ゆっくりと時間をかけて噛みくだき、慎重に飲み込んでいる。

 私は最近、外食が増えた。打ち合わせやら約束が多いのも確かなのだが、石田さんと一緒に家にいても仕方ないので、なるべく外に出る。その時に、石田さんの代わりに味わおう、なんてことは一切思わない。これまでどおり、自分の食べたいものを美味しく食べる。私は私の人生を、生きるのみ。

 ただ、石田さんの好きだった店は、今のうちに聞いてメモにとろうかな、と思っている。

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《著者プロフィール》

植本一子(うえもといちこ)

1984年広島県生まれ。

2003年にキヤノン写真新世紀で荒木経惟氏より優秀賞を受賞、写真家としてのキャリアをスタートさせる。広告、雑誌、CDジャケット、PV等幅広く活躍中。

著書に『働けECD―わたしの育児混沌記』(ミュージック・マガジン)、『かなわない』(タバブックス)、『家族最後の日』(太田出版)がある。

『文藝』(河出書房新社)にて「24時間365日」を連載中。

http://ichikouemoto.com/