生きる隙間 9(最終回)

 ようやく春が来た。暖かくなり、自然も人ものびのびと動き始めた。私の住む田舎町へ東京から友人たちもちらほらとやってくるようになった。冬の間に整えたこの家が、都会の生活に疲れた彼女ら彼らがほっと息をつける場所になればいいなと思っている。
 料理が得意な友人がやってきた。彼女は朝が来れば散歩に出かけ自然に囲まれ、昼はこちらで取れる素材を使った美味しいご飯を作り、夜になれば客間にこもって音楽を作ったりその日に撮った動画を編集していた。この地方名産のピンクと緑の模様入りの平べったいお麩を彼女は上手にグラタンや煮物にしたり、百合根をバターと日本酒でほくほくに炒めて食べさせてくれた。いつもクリエイティブな彼女だけど、身の回りのものを慈しむ彼女の姿を見るのは学びになった。
 新鮮な野菜を買うために彼女と朝市に向かう途中、末広がりな浅瀬の川にかかる大きな橋を渡った。その下には、生き生きとした緑が伸びる広々とした河原がある。彼女がそこに降りてみたいと言ったので、車を止めて土手を下った。全力疾走したりごろごろと芝生の上を転がる彼女を眺めながら、私はそこら辺に生えている名前も知らない野草を物色した。薄紫の花をつけた菜の花みたいな花がそよぐ風に揺らされる。その横に咲くすずらんも可憐に揺れる。華奢な足の白鷺が水辺を歩く。その全てが愛おしく感じた。思いのまま動く生き物を眺めるこの時間がとても好きだなと思った。
 去年、心身のバランスを崩してからは、ふらふらと生活していたけれど、生きるためにお金は必要で、今年に入ってから就活をしていた。調子が悪く何かをやり遂げる自信がなかった中、久々にやってみたいと感じた仕事を見つけた。その職業柄、履歴書と一緒にポートレート写真の提出も必要だった。会社勤めをしていた頃、いわゆる常識的な社会の求める形で生きなくてはいけないことに息苦しさを感じていたことを思い出した。綺麗めなオフィイスカジュアルの服装に、暗めの髪の色、外見的に逸脱しないのが前提。都会のフリーランサーとして働いていた私は髪の毛の色も派手だし、歯にはグリルのようなクリスタルもつけていたし、真っ当な形からは程遠いところにいた。こんな田舎の地ではきっとふるい落とされるだろうと思ったけれど、私は銀色とオレンジ色の髪の毛で、かなり気取った写真を添付した。ありのままの姿を受け入れてほしいと思ったのは事実だし、これでダメなら仕方がないと思っていた。そんな中、書類審査や課題、そして何度かあった面接も通り、無事採用となった。採用担当の方が、この写真を送ってきたのは面白いと思ったと言ってくれた。世の中捨てたもんじゃない。見えない社会の規定の枠からはみ出したような私を雇ってくれた会社に心から感謝した。これは頑張れる。そして、世の中は私が思うより前進的かもしれない、そう感じさせてくれた。
 最近の出来事を通して久しぶりに、しっかり生きていきたい、という思いが漲った。数日前、初出勤の帰り道に電話で話していた知人がふと、成長するということは楽しみが増えることだ、と言った。成長するということは学びから出来ることの引き出しが増えていくことだと考えていた私にとって、斬新な意見だった。私にとって未知な領域に踏み入ることは重荷になりがちだし、まごつく時間が多い状況も苦手だ。しかし、人生における課題を楽しみとして捉えることができるその考え方は、答えがないことに挑戦することを後押ししてくれるものであった。もし失敗をしてしまった自分に対しても、嫌悪感や悲しみではなく、価値のあることだと思うところへきっと導いてくれるのであろう。
 この世の中には、ふた通りの生き方があるかもしれない。既に存在する形を模索するか、型にはまらない新しい形を模索するか。私は常にその狭間を行ったり来たりして、苦しんだりもがいたりしながら生活する拠点もその都度変えてきた。でもそれは苦労ではなく、楽しむ、ということが当てはまるかもしれない。思いのまま動く生き物に抱いた愛情を、自分自信にも感じたい。私は心が求めることに忠実に、アメーバのように有機的に躍動しながら、楽しみをどんどん増やし生きていきたいと思っている。
 この回が最終回になってしまったけれど、私の中に滞ったものを見直す機会を与えてくれたY氏、そしてこの連載を読んでくれたみなさんに感謝しています。みなさんが日々、喜び溢れる生活が送れることを心から祈っています。また会う日まで。
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〈著者プロフィール〉
小嶋まり
渋谷区から山陰地方へ移住。写真、執筆、翻訳など。
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