老いを追う 16 〜年寄りの歴史〜

第六章 いじわるばあさんの孤独 1
 漫画家の長谷川町子といえば『サザエさん』が真っ先に思い浮かぶ。テレビアニメは五十年の歴史を誇り、磯野家の人々を知らない人はいない。そんな長谷川町子のもうひとつの代表作『いじわるばあさん』は、若い世代にはなじみ薄いかもしれない。
 もともとは一九六六年(昭和四十一年)一月二日号から一九七一年(昭和四十六年)七月十八日号まで『サンデー毎日』に連載された四コマ漫画で、テレビドラマやテレビアニメになんどもなっている。なかでも放送作家で、のちに東京都知事になる青島幸男が演じた番組は、男性が老女に扮したこともあり人気を博した。雑誌連載とテレビドラマのタイトルは『意地悪ばあさん』だったが、単行本では『いじわるばあさん』と表記されている。
 いじわるを生きがいに老後をすごすこのおばあさんは、明治二十年代生まれで七十五歳くらいだと思われる。
 雑誌連載の最初のうちはたんに「意地悪ばあさん」と呼ばれていたが、夫の墓石や表札、女学生時代の回想から、「伊知割石(いじわる・イシ)」だと知られることになった。なおテレビドラマの『意地悪ばあさん』では「波多野タツ」「波多野たつ」など呼ばれる。
 いじわるばあさんのいじわるの被害者は、まず同居する家族であり、近所に住む人々である。さらには海外旅行先や、動物に向けてもおばあさんの理不尽ないじわるは発揮される。いじわるのなかにはセクハラや犯罪まがいの過激な行為もある。ただしおばあさん自身がいじわるをされたり、仕返しされたることもたまにある。いってみればいじわるは、このおばあさんにとって、社会と年老いたじぶんを結びつける重要なコミュニケーション手段にほかならないのだ。
 いじわるばあさんには男ばかり四人の子どもがいる。夫には若い頃に先立たれた。
 ふだんは長男家族と生活しているが、いじわるばかりするため、次男と三男の家をたらいまわしにされる。
 長男の順一には妻のミチコと二男一女がいる。順一はサラリーマンで五十四歳、妻のミチコと、一見裕福そうな家庭を築いている。
 順一の子どもたち、ばあさんの孫たちもばあさんのいじわるの格好の的である。しかし長男は高校生なのにばあさんと成人映画を観にいったり、次男はいじわるを手伝いお駄賃をもらうこともある。また飼い犬のラッシーもいじわるの被害者や加担者になる。
 次男のシゲルは開業医で、息子たちのなかでもとくに裕福そうな生活をしている。三男のトシアキは漫画家で若い妻と赤ん坊がいる。新婚の四男もいる。順一とシゲルとトシアキは、母親のいじわると面倒を嫌って押しつけあうものの、結局は順一の家に戻ってくるのだ。
 シゲルの家でのこと、おばあさんはシゲルの妻が「いじわるばあさん」の話をしているのを聞きつけて「養老院」に行くと言いだす。しかし実際は子どもに、「舌きり雀」の昔話をしていたにすぎなかった。
 またじぶんが「舌きり雀」のばあさんだった場合を想像する回もある。おばあさんは、雀のお宿に大きなつづらと小さなつづらが用意されていたら、迷うことなく大きいほうを持って帰るだろうという。その理由は、つづらの中の怪獣をテレビ局に売り込み、ギャラを稼ごうというものだった。ここでは昔話の世界と、一九七〇年前後の怪獣ブームが結びついている。
 つづらは、ほかの回にも出てくる。次男のシゲル家族と同居しているとき、おばあさんに手を焼く三人の息子が相談して、おばあさんにしこたま酒をふるまう。気分がよくなったおばあさんは、つづらの中から衣裳を取り出し、歌い踊る。酒に酔って眠ってしまったおばあさんは、つづらに入れられ、老人ホームの前にすておかれる。
 「老人ホーム」の看板が、何枚も押し入れの中に押し込まれているシーンもある。いじわるばかりしているおばあさんは、老人ホームからもたらいまわしにされているのだった。
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《著者プロフィール》
畑中章宏(はたなかあきひろ)
1962年大阪府生まれ。
作家・民俗学者・編集者。著書に『災害と妖怪』(亜紀書房)、『蚕』(晶文社)、『『日本残酷物語』を読む』(平凡社)、『天災と日本人』(筑摩書房)、『21世紀の民俗学』(KADOKAWA)ほか多数。
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