このたびは第4回トーチ漫画賞へのたくさんのご応募ありがとうございました。結果発表まで大変お待たせしてしまい申し訳ありません。
賞の発表ページの他に、こちらでもテキストの形で最終選考の審査評の様子を公開いたします(テキストの内容は同じです)。画像がもっと見たい方は賞の発表ページからご覧ください。
【大賞】【準大賞】【安田佳澄賞】の作品は近日公開されますのであわせてお読みいただければより楽しんでいただけるかと思います。
【大賞】
『地層の女 他』山中美容室
会社の飲み会で地層の話になったので、部下は焦っているようだった。3日前に自分の前世は地層だと告白してきた彼女は、多分俺に気があるんだろう。日常から少しはみ出した非日常が光る、ショートショート4編。
【受賞コメント】
匂い立つ日常のなかに荒唐無稽なことが起きて、パッととんでもないところに連れてこられてしまう。
それでグングン進んでみると、気づけば日常のなかにいる。そんな漫画が好きです。
きっとあること、ないけどあること、なくはないことを、滋味かつ大胆で読んでいて気持ちいい漫画にして、紙のうえに捏造していきたいです。それでは
●安田佳澄 僕はこれ大好きです。これはもう本当にお金だして読みたいです。
この人にはかっちりした「お話」なんてなくていいと思うんですよね。新しい、楽しいことが次々起こっているみたいな感じの漫画で、すごくセンスのある人だと思うんです。まず、ペンネームにセンスがありますよね、山中美容室…(笑)。この絵の雑ささえも余裕があるというか。話ってこんなに自由に描いてもいいんだと思わせてくれて、回文の話も僕はすごい好きですね。ただ、この方には黒田硫黄さんの影響をめちゃめちゃ感じます。黒田硫黄さんの二番煎じになってほしくはないので、ここからオリジナリティを入れていくのが課題だろうなと思います。
絵のタッチもいいんですが、クロッキーとかデッサンをちゃんとやって、なおかつ崩れた絵が描けると一番いいかたちだと思います。作画はデジタルだと思うんですが、背景の雲が急に線が細くなっていて、これはちょっと調整した方がよかったなと思います。背景をそのまま取り込んだ漫画とかもそうですが、デジタルならではの違和感は気になります。
作品の中身について言うと、投稿作品のなかで唯一少しわかりやすいストーリーを持つ「目覚まし」は、ダメダメな自分とタヌキを重ねていたら、タヌキのダメダメだった部分が最後他人に認められて、自分も頑張ってみよう…みたいなストーリーですよね。タヌキと主人公をリンクさせてる。この漫画の中で主人公が唯一できることはテツandトモのテツの似顔絵が上手いこと。だからテツの似顔絵が回り回って他人の役に立つとか、面白いねって言われる描写がオチとして絡んでくるとまとまるはずなんですが、最後のオチは「映画を撮るようになった」なんですよね。テツの似顔絵が映画監督に別に結びついてないのが、ストーリーを作るうえで自由ではあるんだけど、統一性がないなとも思いました。映画を撮ることになったというのも最後に唐突に出てくるので結構わかりづらい。そういうところからもプロットがなさそうな感じというか、いきなり原稿用紙にペン入れしてそうなくらいの勢いを感じました。でもその整合性などは、後からいくらでもカバーできる部分だと思います。
この先のことを考えるなら、短編のよさを持っている人なので、連載の形にするのに苦労するだろうなと思いました。短編やオムニバスでずっと作家として生きていけるんだったらいいんですが、どっかで主人公を立てて、話に一貫性を持たせるみたいなのが盛り上がりとしても必要だと思ったりもします。すごい芯が強そうな人なので、外で拾ってきたネタとかも柔軟に盛り込めて、すごく強い作家になるだろうなあと思います。この人は多分無限に漫画が描けるんじゃないでしょうか。あとキャラを固定して連載形式にするのもアリですが、ネタをどんどん更新していってほしい気持ちもあります。今回の「地層の女」みたいな、キャラクターを使い捨ててどんどん新しいものを作っていく方式もいいと思います。
●近藤ようこ 私はこの方の作品が一番好きです。黒田硫黄さんの影響は私もすごく感じました。でもこの人19歳でまだ若いんですよね。それにしては大人のゆとりがあるんですよ。そこが本当にすごいなと思って。いっぱいいっぱいじゃないな、みたいな感じがしました。絵もすごく上手いわけではないんですが、でも、あんまり上手くならなくてもいいかなとも思います。
絵で出てくるモチーフも、なんで赤べこなんだろう、なんでタヌキなんだろうっていうのが分かんないんだけど、でもなんか面白い(笑)。漫画のお約束に沿ってないっていうところは色々ありますよね。伏線だと思ってたのに、みたいな。そこが余裕にも感じます。
誰かの影響を強く受けたとしても、それで自分の面白さが出せればいいと思いますね。ともかく、この年でこういうのが描けるっていうのはすごいなと素直に驚きました。もっと歳をとったらどうなるのかはわからないですが、これは才能なのかなと思ったんです。影響を受けただけではやっぱり描けないんじゃないですか。何か持ってるのかなと思います。
●高松美咲 この方は、超短編の、数ページの作品の方がいいなと私は思いました。表題の「地層の女」はちょっと分かりきれなかったです。回文のギミックは、なるほどなとは思ったんですけど少し唐突だったので。メインの話がもっと日常もので、読み終わったあと「実は作中にいっぱい回文があったよ」と言われたなら「あの会話もそうだったんだ」と気づきがあるんですけど、本筋の地層の話で少し分からなくなっちゃったので、回文を入れるなら何気ない話のなかに出てくるものでもよかったんじゃないかなあと思いました。でも他の話は好きでしたね。ちょっとした非日常の入り口というか。
女の子のキャラがちゃんとかわいくて、絵が上手になりそうな素養がある方だなって思いました。大きくするべきコマとか、そういう見せ方も分かってらっしゃる人なのかなっていう。現状もいい絵ではあるのですが、手のアップは下書きみたいな絵になってしまっているので、短くて密度のある漫画で勝負するのであれば、もっとベースのデッサンをちゃんとされて、持ち味を残したいい絵が描けたら強いんじゃないかと思います。
今回の応募作にそういう印象の作品が多かったのですが、細かい描き込みは手描きのカケアミで正解だったのか、トーンで見せるほうがいいのかなど、描き方についてもう少し考えてみてほしいとも思いました。
今回の作品を見る限りでは私は超短編の方が読みやすかったので、連載になるなら3ページとかをめちゃめちゃ更新するとかもいいかもしれないですね。超短編で同じキャラクターが他の短編にも出てくると面白いかなと思いました。短いものを量産して更新するなど、色んな勝負のしかたができる方だと思います。若い方ですし、大量に描くことを2年くらいやったらすごくいい絵が描けるようになりそうです。
●編集部 みなさん最初は読み切りからスタートされたと思うんですが、短いものをたくさん描いていると長いものが描けるようになる手応えなどは生まれたりするんですか?
●高松美咲 私は全然わからないです。ただ、読み切りを描く脳と、長期連載を描く脳は違うなって思います。4コマ漫画やギャグ漫画も、もうそれはそれで全く別の技術です。なので、読み切りをずっと続けていると、逆に長期ものってどうやって考えるんだろうってなりますよね。理屈で分かっていても、やっぱりやってみないと本当にはわからない。
●安田佳澄 僕はずっとそれで大学の時に行き詰まってました。レールを引く技術がなくて、すぐ終わっちゃう。なので、とにかく連載形式の1話2話をいっぱい描く練習をしましたね。
読み切りは結構、神視点で描いているような気がするんですけど、連載の場合は読者目線でどこまで漫画を描けるか、みたいな違いがある気がします。ちょっと感覚的なことなんで説明は難しいですが。
【準大賞】
『こどもたつ』あぶらめちかた
海辺にて、父と子が過ごす焚き火の時間。波と戯れて足を取られたり、温かい飲み物にひと息ついたり、岸に打ち上げられた動物の死骸を見たり。地上110㎝のまなこに映る世界の姿。子どもを主軸に描かれる短編3作。
【受賞コメント】
この度は準大賞をいただき、ありがとうございます。とても嬉しいです。
トーチで連載されていた平方イコルスン先生の「スペシャル」を読み、大変感動したため賞に応募しました。
応募作は、2020年に文学フリマに出品したものです。言葉にしがたい感覚を、人に伝わるよう形にする作業は楽しかったです。もっと味の濃い漫画を描きたいです。精進致します!
●近藤ようこ すごく絵が上手。かわいらしい絵なんだけども、私が好きなのは犬の死体が出てくるところ。犬の死体が波で打ち寄せられて、死体の場所が少しずつ移動していっちゃうところまで描いているのが、面白いなぁこの人と思ったんですね。単にかわいらしいだけじゃない。
「この絵すごいなあ」と思ったところがあって。2本目の作品で、ソファからはみ出た足の裏を描くことで祖母が死んでいるのを表現するって…。こういうのはなかなか描けないと思います。
多分、この人は連載になったとしても、この水準でずーっと描いていける人だと思うんです。私は個人的に、この作品のもっと先を読みたい。この人がもっとストーリー性を入れる作品や、大人の話を描いたらどうなるんだろうと。そういった期待を込めて読みました。器用だし、頭のいい人なんだろうな、と思いますので、色々読みたいです。この先載ればきっとすぐ人気も出るし、安心できる作品だと思います。
●安田佳澄 この方は相当評価が高いです。品がよくてセンスがいい。特に1本目がずば抜けていいなと思いました。絵はもう言うことない。話に関しては、もっとストーリー性がある深いものを読みたい気持ちもあります。
ただ、2本目の作品は言葉が多くてストーリー性があるんですけど、1本目や3本目の作品の質の高さに比べてみると、この方はセリフの多い作品はあまり向いていないなと思ったんです。ストーリーを組み込むのはいいと思うんですが、言葉を使わないストーリーを目指していってほしいなと思いました。
1作目の、子どもが波の中に入っていくセリフのないシーンなどは本当に素晴らしくて。それまで繊細な線で描いていたのに、波の荒々しさをマジックみたいな太い線で描いていたりと、絵の表現力がすごくありました。2本目のセリフの量は一般的な漫画からいえば普通なんですが、この人の絵に対しては、セリフの量は1本目くらいでいいんじゃないかなと思います。絵に特化してこれからも描いていってもらえればと。
●高松美咲 絵が綺麗で申し分ないですし、絵柄もウェブに向いているのかなと思いました。例えばこの先、縦スクロール漫画などに挑戦したとして、スマホの小さい画面でも確実に読みやすい絵をしていると思います。現時点での作画とかのクオリティは、完全にこの作品が一番高かったです。
この作品は同人誌として制作されたもののようなので、商業的な意識で描かれたものではないという前提のうえで読みましたが、ストーリーに関しては、本当はもっと毒が確実にある方なのに、ほのぼのとした短編として毒を抑えて描いているという印象がありました。ここから先、商業出版として売れていくために、つまりお金を払って繰り返し読んでもらうために、どのようにエンタメして、深みを出していくのか気になります。きっとこの人は根っこに暗いものを持っていて、それをかわいらしい絵で中和していくタイプの作家なのかなと思うので、ここからもっと突っ込んだものを読んでみたいなと思いました。
この作品は技術的にもうまいんですけど、「うまい」というより「いいな」って思わせるのがいいですよね。作品が表現する感情、たとえば「このまま波に引っ張られてさらわれちゃうかも」とか「このままお父さんが帰ってこなくなったらどうしよう」といった子供なりの不安が、言葉にしなくても伝わってくる感じ。むしろ言葉がないところの方が伝わってくるとも思います。
安田さんの言ったことに近いですが、2作目は伝えたいことの方が前に出ている一方で、1、3作目は「伝えたいことなんてないよ」って感じで描きたいものを描いている。漫画って誰かに何か伝えなきゃいけないものではないので、そういう意味では、1、3作目がより清々しく読めました。
クオリティは多分一番で、素晴らしい作品です。だからこそ準大賞は一番悔しいと思うんです。これからぐうの音も出ないくらい面白いものを描いてほしいです。
【安田佳澄賞】
『サピア=キッズ・モノローグ』白石海空
リアルタイム自動翻訳機が開発され、世界中の人々が意思疎通できるようになった世界で、少数民族が使う言葉や文化は淘汰されていた。最後の日本語話者モヒメと、彼女を生成した教授が辿る結末は…。
【受賞コメント】
「安田佳澄賞」にお選びいただきありがとうございます。
このお話を楽しんでくださる方がいたことが本当に嬉しく夢心地な気分です。どこかの誰かにサクッと刺さって、溶けて無くなるような忘れ方をしてくれれば幸いに思います。これからも細く長く、好きなものを描いていきたいです。
●安田佳澄 この作品は印象に残りましたね。1ページ目でもう「なんじゃこりゃ」って思ったのもありますし、僕がSF好きっていうのもあると思うんですけど、他の作品に比べてやりたいテーマがはっきりしてるなっていう感じがしました。途中で出てくる水槽と冷蔵庫が合体したみたいな居住空間が登場してきたりと、描きたい絵もあるんだろうなと。
絵が全体的に綺麗で、たとえば急に青い惑星が窓の外に映るシーンなどは絵として面白かったです。また、世界観の練り込みもすごい。「クラウド考古学」というワードにすごくセンスを感じますね。その学問は一体なんなんだろうと。いっそ『攻殻機動隊』みたいに注釈をつけてほしい。
ただ、全体が少し長いですね。ストーリーとしては、時代が進むにつれて失われていく言葉の意味をどうするか、みたいな話だと思うんですけど、それを親子間でやればよかったのになと思います。最後に主人公と先生が親子だと明かされるんですが、それなら親から子に伝わらない言葉みたいなものを主軸に何かキーワードをひとつ決めるとよかったのかもしれません。例えば「お母さんの言ったある言葉が子どもには翻訳できない」という軸でストーリーを作った方がもっとわかりやすく短くできたんじゃないかと。また、冒頭の6ページで何をやっているのかが全く伝わってこないのは短編としては弱点かもしれません。この世界の説明が16ページになってやっと出てくるんですが、読み切りだったら5ページ以内にほしい感じはあります。それに加えてこの話の難しさには、言語が別の形に翻訳されるという設定がビジュアル化しにくいという弱点もあると思いました。
全体としてそういう難しさはあるんですが、僕はSFが好きなので、これぐらいの難易度の話は好きです。読み解いていく時に「どういうこと?」みたいなのがちょっと残ってる方が、全部分かりきるより作品として深みが出ると思うんですよね。なので、離脱させないギリギリくらいのチュートリアルがありつつ、難しい言葉の説明もあった方が、ライトな読者と難しいもの好きの読者を両立できていい気がします。
設定は一番光っていたと思うので、もうちょっと人間ドラマを設定とうまく絡めてほしいです。このテーマを持ちつつ、読者に寄り添うものを作っていったらきっとピカイチになれるんじゃないかな。あるいは進む方向によってはもう少し小難しいものになるかもしれないけど、僕はそれも読みたいですね。ちょっと描写不足なところはあるんですけど、綺麗にまとまっていますし、落とすのには惜しいと思いました。すごく抽象的なことを漫画に落とし込もうと頑張っているから応援したくなる。一番難しいことやってますから、努力が実ったとき、爆発力はすごいと思うんですよ。
●近藤ようこ 私は単純に「馬鹿にもわかるように描いてください」と思ったんですよ。絵はすごく面白いし、最近の中国のSFみたいだと思いました。ただ、もうちょっとわかりやすく描いていただきたかった。最初の世界観がすでに私にはわからなかったんです。絵を見てすごく面白そうだと思ったんですけど、私にはどこから入っていいか分からなかった。最初の絵が何の場面なの?って思ったまま説明がないという感じでした。でも2つの言語が重なるような表現なんかは面白かったですよね。
●高松美咲 私もちゃんと読んだんですが、この作家さんが伝えたかったことをおそらく分かりきれていないなと思ってしまいました。私が馬鹿だから理解しきれなかったのかも、みたいな気持ちになっちゃう。
SFで言うと、『インターステラー』や『テネット』のクリストファー・ノーラン監督作品も、私は全然ついていけてないなあと思いながら観るんです。ただ、難しいSFでもチュートリアルはあるんですよね。『テネット』なら拳銃で打った弾が銃口に吸い込まれていくのをまず見せるみたいなチュートリアルがあるんですけど、それがあると分かりきれていないなりに「なるほど~」と持って観はじめられるんです。
難しくてもチュートリアルがあって、こんな感じの世界なんだなってふんわり認識させることは必要だと思います。この作品にもそういったチュートリアルがあると見え方はもっと違ったかな。中間に出てくる、主人公がドーナツ目当てにラボを訪れて~という場面がかわいかったので、導入としてそこから始まるともっと親しみやすかったかも、なども思いました。誰も知らない落語を、2人でドーナツを食べながら聴くシーンは、めちゃめちゃ素敵な場面でした。
また、4~5行ある文章を読者がみんなちゃんと読んでくれると思わない方がいいです。大ゴマでたくさん文字があると「この難しい説明は読み飛ばしても大丈夫です」っていう作者の意思表示だと私は受け取ってしまうんですが、そういう読者は多いと思います。なので文字の多い場面は「細かい説明は書いてあるけど、その後セリフで補完するから雰囲気だけわかってくれたらいいよ」くらいのつもりで描いた方がいいと思います。そのあたりは、読者の読解力を見くびらず、過信しすぎず、描いていけるとよかったと思います。もしかしたらエピソードを短く区切って5ページ、10ページくらいで、徐々にこんな世界観なのかと理解していくといった描き方もありかもしれません。
描きたいことは多分すごく面白いことなので、もう一歩入り込ませてくれたらなっていう気持ちですね。絵はかわいいし、かつてあった落語や昔の文明に入っていくといったシーンの感覚は魅力的でした。
●安田佳澄 落語を見るシーンで、主人公は落語が理解できない、というチュートリアルがあった方がよかったかもしれませんね。結局、言語変換が可能になってる世界で、落語を全部聴いたのに面白さがわからないというオチでも設定を伝えるうえではいいと思います。
【以下 最終候補作】
『頭オカルト』針金マキ
この町には都市伝説がないらしい。「ないなら作ればいいじゃない」と微笑む僕の彼女は他人には見えない。言われるがままにミステリーサークルを作った夜、彼女は姿を消した。その日から街ではおかしなことが起こりはじめ…。
●高松美咲 これ、私は一番好きでした。漫画としてかなり拙い部分はあるんですけど、まず女の子がちゃんと魅力的でかわいいし、話もちゃんと怖くて好きですね。オチは分かりきれてない部分がありますが、都市伝説の話で、女の子が言った通りに影を描いたらめちゃめちゃ怖いものが出来上がってた、みたいなところが結構ゾッとしてよかったです。
こういうところ(次ページ:フェンスの前に立つ絵)を見ると、これからすごくいい絵が描けるようになる方だと思います。ベタも気持ちがいい。コマが小さかったり、ベースとなるデッサン力が少し足りなかったりなどありますが、漫画としてのコマ割りや演出方法をこれからもっと勉強されたら面白くなるんじゃないかな。シンプルにいっぱい量を描いたら上手になりそうです。いいなと思う部分と、あまりできていないなという部分の差が結構激しいような印象でした。
「描写力」がホラーは特に必要だと思うので、このままホラー路線で行くのであれば絵をもっと磨かれた方がいいと思いました。ホラーは絵の上手い精鋭が揃ってる分野なので、今の絵も魅力的なんですけど、もっとブラッシュアップしないといけないかなと。見せ方はこれからうまくなりそうです。漫画だからって漫画らしい演出をしなくちゃ、というよりは、絵画などの手法を取り入れてもいいと思いますし、自分のよさ・自分の絵柄をこれから構築されるといいのかなと思います。都市伝説っていう壮大なテーマにチャレンジしていて、オチまで描き切れているかは微妙だけど、やろうとしてることにストーリー性をすごく感じるので意欲を買いたいです。
●安田佳澄 面白かったです。絵の節々から、『Hylics』っていうゲームみたいな、土偶とか土粘土をこねて作ったようなものが蠢いている雰囲気を感じる。さっき高松さんが言ったフェンスの絵もそうですけど、そういうところはすごくいいですね。光の表現もいいですし、途中で急に線が太くなったりするのも味だと思います。点描がいいので、カケアミがむしろ邪魔になっているかもしれません。いいタッチを残しつつ、さっき高松先生がおっしゃった、デッサン力を高める。タッチを残しつつ基礎を上げるっていうのはすごく難しいことだと思うんですけど、この人の個性にとって大事なことだと思う。そこはちょっと頑張ってほしいです。
話の軸としては、イマジナリーガールフレンドが、実体を得るために周りに儀式をさせてたっていうもの。ただ、もっとぞっとするような演出ができたんじゃないかって思いました。というのも被害者が1人もいない。被害に遭うのは道路だけなんですよね。そこが怖さを引き立たせられない原因になっちゃっている。都市伝説の狂信者たちがいるんですけど、この人たちがどういう人たちなのかだとか、不審者事件が実は町で何件も起きているという情報があるだけで、怖さがより引き立つんじゃないかと思います。
●近藤ようこ 私はこの作品、単純に楽しみました。とにかく絵がいいですね。やっぱり女の子がすごくかわいい。それがこの話の魅力です。で、急にタッチが変わったりするところも面白いです。でも各コマがそれぞれ別々に面白いので、集中できないところがあるかな。大ゴマで描くべきコマを小さいコマで描いていたりするのももったいない。
この絵はこの話にとても合っているのだけど、別の話だとどうなるのかなとはちょっと思いました。ずっとこういう話を描く人なのかもしれないですが。でも少なくともこの作品は私の好みでした。あともう一歩ですね。
『その血でさえも青く見えた』にいみ夜行
不真面目な女子バスケ部を辞めて男子バスケ部のマネージャーになった夏凪。馴染めないどころか「いる必要ある?」と陰口さえ言われてしまう。部活が憂鬱になってきたある日、後輩がいじめられている場面を目撃した彼女は衝
撃の行動に出る。
●安田佳澄 これはなかなか面倒くさい話だと思いました(笑)。不良の話で、スポーツの話で、ジェンダーの話で、みたいなのを混ぜたらそりゃこうなるよなっていうページ数の長さと話の展開でした。ファンタジックな要素はなく、鮮やかさはあんまりないという印象です。読んでいて苦しい感じ。
絵は読みやすいんですけど、展開についてはこれだけページをかけて、最後何も解決していない。基本的にずっと話し合いで物語が進んでいくので、もうちょっと鮮やかさや軽さを入れて描いてほしいっていう感じですね。例えばバスケの試合で何か最後の展開があったりだとか、どこかに物語としての面白さみたいなのがほしいです。学校以外の場所を描いてみるのもいいんじゃないかなと思いました。
●高松美咲 セリフ回しや、場面の時間帯が分かるようなトーンの使い方がすごくいいと思いました。コマ割りや場面転換も自然でスーっと読める。漫画的な技術はこれからどんどんうまくなるし素養がかなりある方だと思います。ただ、内容のわりに52ページは長く感じました。なぜ長く感じるかというと、主人公の性格が悪いんですよね。読み切り漫画は一回きりの主人公なので性格が悪いことはいいとは思うんですが、この尺でずっと人の悪意を浴び続けるのはちょっときつい。悪意全開で読ませるなら30ページくらいに収めてほしいと思いました。
また、性格が悪いこととは別に、主人公の女の子が心の中で「ドビッチが」っていうような悪態をつくあたりに違和感を感じました。女性が同性の人に対して「ドビッチ」って思うかといったら、おそらく思わないと思います。セリフが多い作品なんですが、女子高生の内面だとはあまり思えない。
作者がこの悪意に対して自覚的かどうかも大事かなと思います。この主人公が嫌なやつだって分かって描いているのかどうか。描かれているのがどのレベルの悪意なのかをわかって描く必要があると思います。悪なら悪で一周して、貫き貫き通したらカッコいいんですよ。でもこれは信念のある悪とは違う。
それと、高校生が同級生の女子生徒を流血するまで頭を殴ったらきっと退学になるので、普通ならもうこの高校でやっていけないだろうなと思って、オチに至る流れに全然納得ができなかったです。主人公も部長のことを責めているわりに、チームメイトに「バスケもっとちゃんとやろうよ」などとは言わない。他人には厳しくて自分は都合のいいポジションに流れたりするといった小狡いところはある意味10代らしくていいんですけど、この女の子が最後まで自分の小狡さを自覚してるかっていうと、こんなにいろんな経験を通しても何も変わってない。性格が悪くても、ちゃんと自己嫌悪をしたり、経験を通して自分が間違った部分を自覚したりという展開があってほしい。そこを含めて10代の物語かなと思いました。ただ、10代のぐちゃぐちゃ感だとか、流れる空気感、なんだかんだ52ページを読ませるセリフ回しは生っぽくていいものがあるとも感じます。たぶん、治安悪い部活の空気感ってこんな感じですよね。仲良くないのに、なんとなくだべってる女子ってこんな感じだなとか、すごく思い出します。
悪意をどんどん煮詰めていくのか、それとももっと一人一人を掘り下げて、この悪意をうまく薄めて大衆向けにするのか、選んで突き詰めれば、この方はもっと良くなると思います。厳しめになってしまいましたが、話すことがいっぱいある漫画はいい漫画です。しんどい話を他人に読んでもらうための漫画にするには、どうしたら他人が受け入れてくれるか考えたら、次回はよりいいものが描けると思います。
●近藤ようこ 私も高松さんとほぼ同じ意見です。ピリピリした空気がかなり伝わってきたというところはよかったんですが、一方でこの主人公の女の子って魅力的なキャラなんでしょうか? 私は嫌だったんです。まず、共感ができない。
例えば、女の子の集団の中にいることにすごく違和感があって、そこを出たいと思い、出ちゃうところまでは現実の多くの女の子は結構感じていることだと思うんですよ。そこまではわかるんだけど、そこから一直線に男の集団に一人で突っ込んでいくか。しかも、その突っ込み方が「私見てないから着替えていいよ」とか「陰毛見せ合おう」みたいなところまで行くだろうか、というところが気にかかりました。そこまでいっちゃうキャラを描きたかった、という熱量はすごく伝わってくるんだけど、それでこの主人公の女の子が魅力的に思えるかというと、それは方向が違うなと思いました。別にかわいい子じゃなく悪くて嫌な子でももちろんいいだけど、そこに何か魅力があって、それで引っ張られるところがないと話としてはきついんじゃないかと。もしかしたら女性の読者と男性の読者では感じ方が違うのかもしれませんが、私はそこに違和感がありました。
色々言いたくなる作品ですが、一方でそれはこの作品の印象がものすごく強かったからでもあります。この方がこの先どうなっていくかは興味があるんです。
『↓↓AB←→↑』藤井夏子
生徒会長の実由太郎は影響を受けやすい。プログラミング研究会の梶本が貸した恋愛シュミレーションゲームにハマってから、髭を剃り長い前髪を切ってスカートを履くようになった。友人の特異な行動に周囲は振り回されながら、男子校に文化祭が近づいていた。
●安田佳澄 僕はこれは結構好きです。何も起こらないようにも見えるんですが、最後のセリフ「恋は罪悪なのですから」っていう場面がよかったです。落とし方がすごく鮮やか。今まで主人公が作ってきたゲームをラストに持ってきて、なおかつワードにインパクトがある。
それから、全体的に登場人物の口調のトーンが抑えめだから、読みやすい統一感があるのかなと思います。ゲームが完成したときのシーンが僕は好きで、「おお、俺たちやったんだ」みたいに小さい声で盛り上がるのがリアルでいい。幕間に工夫もありますし、生徒会長が登壇してる冒頭もインパクトが強くていいですよね。漫画がうまいと思いました。
僕は最後のシーンを見て、この話は同性愛の話に足を踏み入れてるのかなと解釈しました。女装した同級生のことをちょっとずつ気になってきているんだけど、結局そいつは女の子と付き合っちゃって、俺の気持ちは何だったんだ、ってなり、最後「恋は罪悪なんですから」っていうオチになる。「全ての恋は等しく罪である」と言われて、主人公は同性愛を許されたと感じて救われる。失恋はしているんですけど。これは僕の頭の中の筋書きでしかないのかもしれないけど、作者の意図がこの筋書きで合ってるんだったら、もうちょっと男の子に惹かれているような描写があってもよかったかなと思います。僕の中ではラスト主人公が泣いているところでようやく同性愛の話だと確定したんです。そこまでは割とふわふわしていた。
●近藤ようこ この作品はすごく絵もかわいいし、面白くなるかなと思って期待したんですよ。だけどそれほど何も起こらずに終わっちゃったので、ちょっと残念な感じがありました。でも不思議な魅力、不思議な間合いがある。可愛くてふわーんとして、全体としては好きなタイプです。
プリクラ行ってるシーンが楽しいな。プリクラを撮りに行って、「女の子ばっかりじゃん」ってなっているところなど、すごくかわいらしいなと思いました。
●高松美咲 私も安田さんと同じように同性愛的な話として読みました。主人公は相手の生徒会長のことを「ないない」とか「変なやつ」とか言っておきながらも意識はしている。しかも「これって俺の気を引こうとしてるのか?」とすら思っていて、でも結局、生徒会長は自分とは全然違う女の子のことを好きになってしまう。全然生徒会長のことなんか好きじゃなかったはずなのに傷ついてちゃっている自分、というお話…なのかなと。そこはちょっと曖昧に読めました。なので、もしそこをもう少しわかりやすくするならば、主人公にとって生徒会長がちょっと魅力的に見えた瞬間を本当に絵として魅力的に描くとかもありかもしれません。
淡々と描くのがこの作家さんの持ち味や面白みではあると思うんですけど、主人公の感情が乗っているシーンがもっとあると、見せ場としていいのかなと思いました。たとえば「デートっぽくね?」って言われるシーンとか結構事件なシーンだと思うんですけど、こんな小さいコマでよかったのかな、とか。見せ方が違うと、読み方が変わったかもしれないです。
全体としてはまだそんなにたくさん量を描かれていない作家さんなのかな、という印象を持ちました。1ページに7~8コマ入っていて、コマも狭めですね。でも絵がかわいくて魅力があり読みやすいですし、ここからまだ漫画が上手くなりそうです。技術的に拙い部分はあるけど、必要な構図を描こうとされているので読みやすい。漫画の読みやすさって色んなタイプがあると思うんですが、この人は線が簡潔で、起きていることがわかりやすいのがいいですね。
登場人物たちが、誰かを変な人として排除したりしないところもよかったです。悪意に染まっていないキャラクターたちのように見えました。
『安藤に哭』白石航
仲が良かった安達と安曇と安藤の3人。自然と遊ばなくなってから、同じ高校に入学してもなんとなく疎遠でいた。いつも学校をサボって河川敷でギターを弾いていた安藤に、安達は何もすることができなかった。かえらない日々に後悔がにじむ80ページの鎮魂歌。
●近藤ようこ 長いですね。こういう絵を入れたい、というのがすごく分かるので、それはいい。だけど、多分こんなに長いということは、整理されていないということだとも思います。ページの上限がないとこのくらい描きたいんだろうなというのはわかりますが、もうちょっと構成を考えて絞り込んだ方が、読む方に伝わりやすいと思います。
また、ページは長いんだけど、この話を通して描かれる「安藤」という友達のことがよくわからないんですよね。わからない、というお話なのでしょうけど。「安藤どういう子なの?」っていうのはもう少しわかりたいです。彼が亡くなることは、この主人公が親を亡くして引き取られたことが伏線になっているのかな。関係があるから描いてあるんでしょうけれど、あんまり噛み合ってないかななど思いました。
あと気になったのは作中にところどころBGMとして実在の曲名が入ること。漫画は漫画として成立してほしいので、他の力を借りちゃ駄目かなと思います。曲を知らない人は、知らないし。もし曲を使うんだったら、何か全体に通底するモチーフとして使うのがいいと思うんですが、シーンごとにBGMはこれですと言われても「ん?」と思っちゃう。せっかくギターをモチーフにしているのに、活かしきれていなかったと思います。
でもこの作品に感じる熱はあって、この作品はこの人の全てをぶち込んで描いたということに意義があると思うんです。
●安田佳澄 空白の時間がすごく多いんですが、短編に対してこんなに空白がいるのかなと思いました。大事なシーンの前にちょっとあるぐらいでいいんじゃないのかなと。人物が死んだシーンが一番重要なので、その前に沈黙があるのはいいと思うんですけど、そんなに大したことを言うシーンじゃなくても、その前にすごくタメがある。で、これだけページと時間をかけて、大事な独白のシーンを言葉で全部説明しちゃっているのがすごくもったいないと思いました。しかも言ってることが難しい。
絵やモチーフ選びに関しては、すごくいいと思うんですよね。入れ歯が老いの象徴だったりとか、満月が出て入れ歯が出てくるところとか。最後の方で、背後の風景に自分の影が平面的に落ちているように見えるところなんかも、背景がまるで書割のように見える効果があると思うんですけど、これが意図して壁っぽく見せているんだったら結構いい表現だなと思いました。人が死んだあと、世界がつくりもののように見えるという。そういう細かいところのセンスはすごいですね。絵に関しては松本大洋さんや安達哲さんなど、そのあたりの影響が強いのかなと思いました。
なかなか伝わらない描き方ではあるんですが、最初はこれぐらい尖っていないと、芯みたいなものは後々まで残らないと思います。
●高松美咲 まずめちゃめちゃ魂入ってるなと思いました。気持ちがめちゃくちゃ入っていて、どうしてもこの方は描かなきゃいけなかったものなんだろうなというふうに読みました。
背景はすごくうまいし、構図だったりモチーフの選びだったりがすごく面白いんですけど、漫画としての技術という意味だったら、もうちょっとブラッシュアップが必要だなという感じがします。主人公の気持ちをめちゃくちゃ言葉にしちゃうし、しかもその言葉には、ちょっと難しい熟語が多い。それで説明されると、逆に薄く見えてしまうこともあると思います。人間の心の中では言葉にできないことがあるので、それをこの言葉で説明したら陳腐に見えないかなど検討してほしいです。
それから、主に3人しか出てこないキャラクターの3人の顔がちょっと曖昧で、分かりづらいところがありました。背景が上手で、すごくタッチが多いんですが、人間の髪もタッチが多い。これが、髪を黒ベタにしたりもうちょっと人間の絵が簡潔だったら読みやすかったんじゃないかと思います。いっぱい手を動かすとすごく真面目にやっている気になるんですけど、読みやすさはそれとは別で、抜かなきゃいけないところは抜かなきゃいけないんです。そのあたりの選び方ができたら、もっと読みやすくて、伝えたいことが伝わったのかな。
物語でいうと、主人公が幼なじみの死に対して、何も知らない教室のみんなのことを嘆くほどの気持ちがあったかっていうとそうでもないんじゃないかなと思いました。昔は仲がよかったけど、中学生くらいまでは特に関わりがないのに、廊下で喚くほど気持ちがあったのか。それで、気持ちのはけ口として女の子と寝て童貞を捨てるという展開は、友人の死に対する解決策っていうよりは、逃げだなって私は思ったんです。
●近藤ようこ その女の子はどんな気持ちなんだろうね。
●高松美咲 そうなんですよ。考えなきゃいけないことから、快楽に逃げちゃってない?と思いました。その感情が、クラスメイトたちのものよりも複雑で尊いみたいに本人は思ってるけど、それもあまり納得ができなかったです。それに、死んだ子は女の子にとっても幼なじみなので、主人公と同じような距離感か、むしろ彼女の方が仲がよかったくらいのはずで、だからこそ女の子の気持ちももっと見せてほしかったです。主人公がすごくヒロイックで、自分の感情が尊いと思ってるので、話そのものに納得はできなかったですね。
登場人物の悲しみを描くときに、誰よりも苦しい必要はないはずです。「もっと悲しい人に比べたらそんなの大した悲しみじゃないよ」っていうことではなくて、もっと小規模だったり、ありふれた悲しみを描いてもいいと思うんです。この表現に関しては、主人公の周りに対する行動はちょっとヒロイックすぎる気がしました。
作者の方はこの話を絶対描きたかっただろうし、そこを否定するわけでは全くありません。この作品は多分この人の大事なピースになるんだと思います。でも、商業でやるにあたっては、もう少し他人に寄り添ってもいいかなという感じですかね。省エネでやるのはいつでもできるので、体力があるうちにここまでやりきったことは大事なことだと思います。
『就職氷河期/君を尋ねて』かん
食べたいものも決められない主人公は、集団面接の最後に今日のお昼は何を食べるか面接官に質問する(「就職氷河期」)。同窓会に現れず、生存確認もできず絶滅したとまで言われる真中のことを探す主人公は、近くの公園で絶滅動物を探す真中を見つける(「君を尋ねて」)。
●高松美咲 この方はいくつか作品を送ってきている、多作な方ですね。 ただひとつ、明確に直さなきゃいけないのは、人物の顔の正面が多すぎること。それが気になって話が入ってこないことがありました。必要な構図よりも、自分が描きやすいものを描いてしまっている。これをずっと続けるのはもったいないのですぐ直した方がいいです。
あと、一つも実際に見て描いてないんじゃないかなという絵に見えました。ゆるい絵柄って、むしろちゃんとものを見て描いたうえでそれをブラッシュアップする必要があると思うんです。コンビニ描くとき、本当にコンビニ行ったかな、ファミレスで写真撮ってきたのかな、クローゼットにかかる服を見て描いたかなと。何も見て描いてないように見えるので、これはまだネームの状態だなっていう印象を受けます。これをネームとして、もう一度見て描いた方がいいと思います。せっかく、ストーリーを考えられる方なので、必要な構図や画の練習をするといいんじゃないでしょうか。
お話に関しては、「君を尋ねて」の方は、オチがかみ合っていてよかったです。絶滅危惧種に興味のある変わった友達が、生きてるのかな、いなくなってないかなと思って探す、っていう話の構造や、変なやつだと思っていた相手に変人だと思われてたりとか、伏線もオチもあって面白かったです。2作どっちの作品にも言えることは、「このオチがやりたい」という意図はあるけれど、間のドラマが少ない。すごく多作だけど、このまま続けても上手くならない感じがします。
1本描いて何が悪かったとか、もっとこうしたらよかったとか、立ち止まってみてほしいです。たくさん描くのはいいことですけど、もし商業でやりたくてこういったものを何本も送ってるんだとしたら、ちょっとやり方を変えないといけないと思います。絵に関しても、話に関しても、一番大変な部分をとばしてしまって自分の楽なことをやってるように見える。でも漫画を描いていると、「やりたくないけどこれをやる必要があるんだよな」って思いながら嫌々描くシーンがあるんですよ。商業でやりたいんだったら、やるべきことから逃げてしまっている印象です。
●近藤ようこ 申し訳ないけど私はあまりこの作品は印象に残らなかったんです。多分それはこの絵がフワッとしてるからというのもあります。感想がちょっと言えない。そして、もっとこう…芯になるものが欲しい気がするんです。何か思いつきで描いてるっていう感じがする。
●安田佳澄 僕は「君を尋ねて」はもうちょっと話を整理する必要があると思いました。絶滅危惧種っていうワードでなんとかまとまってる感じはするんですけど、最後、真中というキャラクターに対しての主人公の意識が変わった方がいいと思うんです。
居酒屋で飲んでるメンツの中で、主人公だけが真中のことを肯定的に捉えてるんですよね。最初から肯定的に捉えて、最後も肯定的。だけど、それよりも、中盤では否定的な方が物語としては成り立つ気がします。それから、「僕らの日常の一部が代用品になったら困る」という言葉と共にガラスが割れたシーンがあったと思うんです。ここはもうちょっとかっこよく見せてほしい。すごく大事なセリフだと思うんです。だからこそ言葉をドンッじゃ駄目な気がするんですよ。もうちょっとコマを小さくして、前と後ろを間で埋める方が印象に残ったのかなって感じがします。
「就職氷河期」の方ももうひと山欲しい感じがしますね。なんかプロローグから一気にエピローグに突っ込んだ感じがしました。話作りにも明確な矛盾があるなと思っています。一番最初、目覚めて、コンビニに行っておにぎりを買うときに、うなマヨか塩たまごかを選ぶシーンがある。そこで、うなマヨを選びかけて塩たまごを選ぶんですね。これは、僕は「本当はうなぎを食べたい」という主人公の意思表示だと思ったんですよ。そして最後、面接官に促されて自分が本当に食べたいものが見つかる流れなんだけども、じゃあこれから食べるのはうなぎのおにぎりじゃないのか、と思ったら、塩たまごのおにぎり食べてるんですよね。食べたいのはうなぎなんだから、塩たまごのおにぎりは捨てて、うなぎを買いに行かないといけないといけない話なんですよ。この後に本当の氷河期が来るという寓話的な締め方はアリで、ぶっ飛んでて面白いなとは思うんですけど、おにぎりの矛盾だけはすごく気になりました。
厳しめな意見が多くはなってしまいましたが、どんなにクオリティが高くても1年で2ページしか描かない、みたいな人に比べたらこうやって描いている時点でいいことだと思っています。
『檸檬と好風』犬海タイヨウ
1975年、日本の隣国である「輪花国」では学生運動が起こっていた。デモ隊は図書館を拠点に機動隊との衝突を繰り返し、怪我人が増える日々が続いていた。そこへサトウという日本人が現れ、自身の加勢によってデモを終わらせると宣言。理由は「レモンのため」と言うが…。
●近藤ようこ この作品は長くて少し苦しかったです。話が長いことの理由の一つに、同じことが2回も3回も説明されているというのがありました。レモンが物価高で高いんです、というのと、それはどっかの国で学生がこういうことしてるからです、ということを何度も出してきている。それは一回描けばわかることなので、なぜ何度も繰り返し描くのかがわからなかったですね。
作者は志が高い人ですね。でも、そのわりに描いていることがちょっと幼いかなと思うんですよ。題材についてもうちょっと勉強して、もう少し深い描き方をしてほしいと思いました。絵も少し幼くて、おじさんがおじさんに見えなかったりと、そういうところがマイナスに働いていると思います。一方で、モブをこんなにいっぱい描いているところはえらいですね。実はヘンリー・ダーガーの「ヴィヴィアン・ガールズ」的な面白さを感じましたが、作者はそんなことは狙っていないですよね。
多分作者自身も、自分の苦手な部分がわかっているので、ちょっと言い訳をして描いてたりするんでしょうけど、ちょっとそれは努力をしてほしい。それと政治を扱うことの怖さ。学生運動で傷ついた人がいっぱいいたんですよね。それをシンプルに、レモンと催涙ガスというモチーフでまとめている。そこがすごく浅いのではないか、と思います。
作者の自己紹介で、政治的なことに興味を持って…というのを書いていらっしゃって、そこはいいんですが、考えとスキルがまだ合っていない。私の場合は、やっぱり描きたいものがあるけれども、自分の実力では描けないというものがあるので、この人がそういう気持ちを持っていたら共感できます。考えとスキルの乖離を自分で分かって悩んでいるかどうかというのは大事です。
●高松美咲 日本で学生運動していた首謀者が実は主人公で、輪花国という国に亡命してきて~という背景ですが、正直、主人公が提示する作戦の内容からは、主人公がそこまでの策士だという感じがしません。学生運動を本気でしている輪花国の人たちが、外部からやってきたそんな主人公に運動の指揮を任せてしまうことが気になりました。ただ将棋がちょっとうまいくらいの人に、自分たちの団体を預けちゃうっていうのは、本気で学生運動してるのかな、みたいな。
描きたい話が結構重いことだとどのくらい自覚されているかどうかがまだちょっとわからないですね。学生運動は結構センシティブな話題だと思うんですけど、本当にちゃんと下調べしないといけないテーマを「日本の隣にあるファンタジーの国で起こってますよ」という体でやっていて、ちょっと調べ不足だけどやってしまっているのを感じます。学生運動時代のレモンと催涙ガスのエピソードに着想を得たとして、そこから何十倍も調べないと描けないテーマだと思います。
ただ、自分は拙いからとか、足りてないからと言ってこじんまりしたものにする必要もないとは思うので、これはこれで意欲的な作品だなという前提でお話しています。ふんわりした日常ものでヤマもオチもないものを描くっていう人が多いなかで、力不足などにビビらずこういった作品を描くのはとっても意味があると思う。いっそ、めちゃめちゃ調べて、架空の国じゃなくて日本が舞台でよかったんじゃないかなとか、一つの事件をモチーフに描いてもよかったんじゃないかなと思いました。本当に自分が興味のある描きたいモチーフを、もっと作り込んでとことん調べてみるのがいいと思います。多分、作者の中でとても大事な漫画になったと思いますし、初めて描いた漫画で72ページ描き上げているのはすごいです。一生保管してください。
絵については上手になりそうな感じはするんですよね。遠近感のある部分とかいいですし、小物の描き込みとかも好きそうです。ただ、こういうテーマを描きたいときは、もう少し重厚な絵の方がいいのではないでしょうか。自分が描きたいことのために必要な技術を見つけられるといいのかなと思います。山岸涼子先生の作品とか読まれるといいかなと思いました。山岸先生は取材をとことんやって、なおかつあっさりめの綺麗な絵で描かれているので、参考になるところも多いのではないでしょうか。
「商業的にこうした方がいいよ」とか言われずに自分の頭の中のものを描くということは、連載が始まったらできなくなってしまうので、持ち込みや投稿の段階である今のうちにこういったことに挑戦されてるっていうことは本当にめちゃめちゃいいことだし、読めてよかったと思います。
●安田佳澄 僕はちょっと、「催涙ガスにレモンが効く」というワンアイデアにこだわりすぎているかな、と思いました。それで70ページを読ませるのはちょっと難しい。そんなにひた隠しにすることがそれなのかという。
梶井基次郎の小説の『檸檬』と絡めてる部分もありましたけど、レモンが爆弾になるっていうのが、もう時代が進んで結構ポピュラーになっている。米津玄師の「Lemon」が出たときに、もうみんな調べたと思うんですよ。だから、そんなにサブカル臭がしなくなった。催涙ガスにレモン汁っていうのは斬新でしたけど、モチーフ選びがちょっと時代遅れになっているんじゃないのかなと思いました。
また、主人公がレモンを好きだと言っているんですが、その理由がこの中ではわからない。ギャンブルが好きだ、女が好きだ、というキャラだったら、狂ってるキャラの理由付けになるんですけど、レモンが好きだ、では人は狂えない。レモンが好きっていうのはキャラになっていないんです。突飛すぎて単なる設定になってしまっているように思います。主人公の行動理由が軽いっていうのもあるんですけど、全体にキャラクターが何かすっと入ってこない感じがするんですよね。セリフがちょっとキザすぎるのかな。人間離れしてる感じ。この主人公が活躍する話するんだったら、もっと慌てふためいてほしいですね。生活感なども出したり。
もしここから修正があるとすれば、全体にまとう空気を一番改善しなきゃいけないと思うんですね。その空気がどこから醸し出されているのかちょっとよくわからないですけど、なぜか読んでて真剣になれない。いくら下調べしていてもこの絵の感じでこのキャラクターで描いたら、幼い内容になってしまうと思うんですよね。
作品の雰囲気ごとブラッシュアップしていかないといけないというのはやはり難しいことだとは思います。自分の中の好きなものを変えることに等しいので。でもこのテーマならそれが必要ではないかと思いました。
『デリカテッセ』オリタリオ
貧乏大学生のロッティは、人喰いであることを隠しながら生活している。人を襲ったときの哀しみは、天国のような美味しさよりも心を侵食した。もう二度とあんな苦しさは味わいたくないのに、今日も愛する恋人・ジョー君への食欲が抑えられない!
●近藤ようこ この作品はすごくソツなくまとまっていて、このまま商業誌に載ってもいいと思うくらいのまとまりなんです。だけど、この人が本当は何がやりたかったのかなっていうのがちょっとわからない。せっかくこういう場なんだから、自分のこだわりを出していいのかなと思いました。
投稿歴も長いようですし、このページ数でまとめているだけでもプロの要素があるわけです。絵もかわいいし上手だとも思います。入賞はたくさんなさってるんだけど、その先にいくには多分何かが足りないんです。なので、もうちょっと踏み外してほしいです。
それと、この話は設定で終わっちゃってるんですね。でもこれからも主人公とジョーくんの間の悩みが続くわけですからね。そこからですよね。ドラマは。その踏み込みが必要かなと思いました。
この作品こそ、50〜60ページ使って食人鬼の背景から「食人」という行為の(たとえば)エロティシズムまで、じっくり描いてくれたらよかったと思います。
●安田佳澄 僕はこの作品はあまり好きではない部類のものでした。エンタメしようとしてるのはすごいわかるんですけど、何かこういう漫画構成そのものを借りてるっていう感じもあって、二次創作感が強いんですよね。言い方を変えると、作者はこの世界がもう崩れないことをすでに知っているような感じがしたんですよね。だから、読んでいて温度感があんまり伝わってこないなっていう気がしました。
ストーリーとしては、主人公が食人鬼であるってことをカミングアウトしてからの方が多分話がもっと深くなると思います。現状の話のように、自分の衝動を抑え込むっていうのは、自分の心の中の流れの話だけなので、はたから見たら何もストーリーが動いてないのと一緒になってしまいます。その結果、物語があまりないというか、キャラクターの紹介漫画になってしまっているように感じました。
●高松美咲 最終候補の中で一番エンタメしようとしている作品だと私は感じましたし、一番読みやすいのもこの作品でした。思い切ってベタを入れたりデフォルメもされていていたりと、絵が整理されていて、ストーリーも読みやすかったです。読者にちゃんと伝えようとしてるという意味でとても良いと思います。
ただ、読みやすい反面、お話はちょっと予定調和的というか、こういう結末になるんだろうなっていうのが正直読めてしまいました。具体的には、主人公の彼氏のジョーくんの描き方が一元的だと思います。本当にただのいい人なのか、あるいはこの女性が人を食べる種族であると知っているのか、そういったこともわからなかったので、ジョーくんがここまで優しい人間でよかったのかも含めて考えてみてほしいです。人物への掘り下げがもっとあるとよかったかなと思います。
また、この作品の世界では主人公の他にも食人鬼が当たり前に存在する世界なのかと思ったんですが、だとするとなぜジョーくんに自分が食人鬼であることを伝えてないのかな?って疑問に思う部分もあって…。本当に主人公がジョーくんを好きなんだったら、自分が食人鬼だってことを伝えてからどう付き合っていくかという物語になるはずだと思います。最後まで自分が食人鬼だと伝えずに話は終わりますが、伝えずに収まる衝動でいいのかなと。すごく長くなってもいいから、ぜひもっと突っ込んだことをやって作り込んでみてほしいです。
(おわり)