トーチ

2018年4月4日 水曜日

「サザンと彗星の少女」刊行によせて

みなさんこんにちは、編集部の中川です。

赤瀬由里子さんの『サザンと彗星の少女』がもうすぐ発売です。校了も終わり、見本が上がってくるのをドキドキしながら待っています。

第1話が掲載されたのが2015年11月で、最終話(第29話)の掲載が2018年2月。連載期間は丸2年。全500ページ、オールカラー&フルアナログ作画。全話全コマ、全ての絵、宇宙のほんの小さな星々の一つ一つまで水彩絵の具で描かれている大変な力作です。

赤瀬さんが初めて編集部に来たのがいつだったか正確なところは忘れてしまいましたが、担当編集(私です)の言うことを全然きかない人でした。

連載準備中、全体の構成について打ち合わせている時、「大人の読み物として深遠なテーマを」みたいなことを私がせつせつと説いたら、「いやだ、私は子どもたちのために描く!」とすごい反発されて、まじかよと思ったのを今でもよく覚えています。

その際、赤瀬さんは自分の頭の中にあるストーリーをすごく熱っぽくダーっと話してくれたのですが、私は彼女が何を言っているかさっぱりわかりませんでした。ボーとしている私に気付いた赤瀬さんが、「あ、話だけしても全然伝わらないのか……」とつぶやいたのも強く印象に残っています。早く描きたくて描きたくて仕方がない、という気持ちが伝わってきました。

長い連載になりそうでしたから、途中で筋道を見失わないためにもあらかじめプロットを作り込んでおいた方がいいというのが私の考えでした。主人公の日常から始まり、冒険への招待があって、賢者の助けを得て非日常の世界に越境、様々な試練と最大の試練を乗り越え、何らかの報酬を得て、新しい日常が始まる……という、物語の基本構造に当てはめて、赤瀬さんの頭の中のストーリーを整理してきてくださいというと「最初から用意された枠の中で描くなんてできない!」みたいなことを彼女は言い、私は再びまじかよと思った。

私に言われたとおり、赤瀬さんがしぶしぶ書いてきたプロットが今手元にありますが、結局、本編にはほとんど反映されませんでした。予定されたプロットよりも、実際に描かれた本編のほうが格段に面白い。

これはたぶん本人も予想していなかったことだと思いますが、コツコツと連載を続ける中で想定外の展開・台詞・ディテールがどんどん生まれてきて、最終的に事前のプロットを遥かにしのぐ素晴らしい作品になりました。

編集者というのは漫画家に「ここはこうすべし!」という的確なアドバイスをするものだと私も知ってはいますが、赤瀬さんにそんな助言をしたことは一度もありません。連載のごく初期の段階で、赤瀬さんの中の「こういうのを描きたい」という強い思いが、正統派の物語を着実に編み上げていくことがわかったからです。連載開始から完結までの2年間、私は「アグルダかわいそう」とか「ミーナをもっと見たい」とか「サザンのしてる工具ベルトみたいのほしい」とか、素朴というにはあまりに素朴な感想を伝えてきただけでした。しかし赤瀬さんはそれに対して「あ、そうですね、うーん…」と真面目に考えを巡らしてくれ、こちらが思っていた以上のものを必ず描いてきてくれるので、毎月原稿を受け取るのが楽しみでした。

『サザンと彗星の少女』は、全29話の一コマ一コマ、台詞の一つ一つに赤瀬さんが真剣に向き合い、考え抜いて出した結論の集積です。赤瀬さん自身がこの連載を通して沢山のことを学び成長しました。連載前と今とでは見違えるようにたくましくなったように思います。2年間本当によく頑張りました。

ちなみに単行本化に際しては版元の私たちも頑張ったんですよ。オールカラーで1冊250ページの単行本だと、制作コストから普通に計算するとA5判で各定価1500〜2000円という感じになりそうだったんですが、B6判・980円+税というありえない仕様になっています。さらに単行本発売の2週間前まで最終話以外の全話を無料公開してしまうという、商業出版のセオリーからすれば異例づくめの作品です。

『サザンと彗星の少女』は、何というか、利益を最優先に考える版元の私たちにさえ「買う買わないはひとまず置いておいて、とにかく一人でも沢山の人に読んでもらいたい」と思わせる、なにか前向きなオーラをまとった作品です。しかし商業出版ですから利益を追求しないのは嘘で、当然ここには矛盾が生じるのですが、「絶対にモノクロにはしない(オールカラーで出す!)、頑張れば子どもたちでも買える定価にする! しかし利益も出す!」というギリギリの落としどころを探って製作部や営業部とともに知恵を絞りました。その結果の上下巻全500ページ・オールカラー・各980円+税です。

色々と無茶をした部分もありますが、この本はきれいな状態で大事に棚に飾られるよりも、沢山の子どもたち、そしてかつて子どもだった大人たちの誰もが気軽に手に取ってボロボロになるまで読んでほしいという、著者と版元の思いというか執念の表れだと思って頂けると嬉しいです。もちろん大事に飾ってもらっても嬉しいです。

赤瀬さん、4/18に向けて色々と絵を描いています。ステッカー、ポストカード、プレゼント用原画、書店さん向けサイン色紙……すごい点数をすごいクオリティで描きまくっています。時にはこちらがまだ依頼していないものまでじゃぶじゃぶと。本当に、息をするように絵を描く人だなあと思います。

「サザンと彗星の少女」作品ページ