トーチ

2024年3月1日 金曜日

第5回トーチ漫画賞 最終選考

このたびは第5回トーチ漫画賞へのたくさんのご応募ありがとうございました。結果発表まで大変お待たせしてしまい申し訳ありません。
賞の発表ページの他に、こちらでもテキストの形で最終選考の審査評の様子を公開いたします(テキストの内容は同じです)。画像がもっと見たい方は賞の発表ページからご覧ください。
受賞作品が公開された際にはあわせてお読みいただければより楽しんでいただけるかと思います。

 

【大賞】

『創作文芸サークル「キャロット通信」の崩壊』綿本おふとん

エアコン工場で働く29歳の川上綾は、同級生3人で続ける小説サークル「キャロット通信」で同人活動をしていた。ある時3人で行った旅行で乗った飛行機が緊急着陸を余儀なくされ、死の危機に直面した3人の行く末は。

【受賞コメント】
この度は大賞を頂きありがとうございます!
エアコン工場クビになって、とぼとぼ帰り道歩いてた昔の自分に伝えたいです。
彼女達誰が幸せなのかは自分達にもわかんないでしょうけど、読んだ人にもよくわかんなくなってもらえたら幸いです。
ゼロ災でいこ~、ヨシッ!


●トマトスープ この作品はちょっと技術が未熟な感じがしたんですが、そこさえ直せばすごくいい作品になると思いましたし、好きな作品でした。
 創作の葛藤などを扱ったテーマって流行っていると思うんですが、さらにこの作品は「挫折」というものをテーマにしているので、今描いたら共感する人が沢山いると思います。やり方次第ではめちゃめちゃ名作になる可能性を秘めているものだと思いました。
 私には、最初の方と最後のエンディングが少し残念だったんです。最初の方は会話劇で文字やコマが多くなっていますが、小説サークルの話だということもあり、漫画よりも小説での方がこのストーリーを書けるんじゃないだろうかとも思いました。「キャロット通信」の発足ももっとドラマチックに出来たりするでしょうし、さらにこの主人公に才能がないんだろうなというのは見て分かるので、もっと文字に頼らず漫画として伝えられるんじゃないかと思います。
 途中の飛行機事故になっていくところはすごかったです。このシーンで、確かにこれは漫画だ、漫画で表現するものだ、って思ったんですね。飛行機事故によって、自分には何も書けなかった、日常にすがりつくしかなかった、と分かるという…。
 そこで心が折れてしまって、3人とも同じことを感じていたから「キャロット通信」は終わりました、というところで話が終わってもすごく綺麗だったと思うんです。「“創作”なんかから卒業するきっかけを本当はいつも探していたんだ」というところで終わっていたとしてもめちゃめちゃ名作だなと。
 そのあとも話が続いていくんですが、そのラストで希望を持たせたいのか絶望させたいのかがはっきりせず、どっちに連れて行きたいんだろうと感じてしまったのが残念なところでした。
 もし希望を持たせて終わりたいのだとしたら、たとえ読者が「0人」でも書き続けて趣味として創作を続けていくぞ、というようなものが出せると思うんですが、読者が「一人もいなくなった」という言い回しを見るに、多分この作者はどちらかいうと絶望させたいんだろうな、と思うんですよね。
 自分には才能もないけど小説を書くのをやめることも出来ない、というような絶望感を描くとしたら、話の最後の方で友達の「最後まで書き続けるのはこいつだなって…私ずっと感じてた」というセリフがありますが、こういうのをもっと最初の方から匂わせた方がいいのではないかと思います。初め「この子は才能はないかもしれないけれどきっと書き続けるんだろうな、それがきっと希望で終わるんだろうな」というのをミスリードとして読者に蒔いておいて、最後に「才能がなければやめることもできない、実はそれは呪いだったんだ」ということで終わらせられたら、「私の小説の読者は……この世に一人もいなくなった」で終わる最後の絵の絶望感がもっと出たんじゃないかと思います。どちらにせよ、構成を整えればかなり共感を呼ぶ作品だと感じました。希望を持ってずっと書いている人、売れなくても商業じゃなくても同人として誇りを持って書いている人は沢山いますし、逆に絶望している人もいっぱいいると思うので、どちら側にも共感できる作品になるはず、という気がしました。

●榎本俊二 好きです、面白かったです。何よりもまず、手描き感が炸裂してる感じの絵がとてもいいですね。手作り感がある。キャラクターもとても可愛いですし、三人三様をちゃんと描き分けていて読みやすかったなという気がしました。ストーリーに関しても、最後までどうなっていくのかっていう興味をもって読むことができたので面白かったです。絵も拙いところが全部いい方に転がっている感じの絵柄だと思いました。
 ラストで希望を持たせたいのか絶望させたいのかっていう曖昧さは自分も本当に感じました。自分としては若干の希望を持った終わりだと読みましたが、絵や流れ的にはかなりしんみりと暗い感じの終わり方で。ただ、そのミスマッチがいいなというふうにも思います。絶望でもないし希望でもない、どっちつかずな感じのラストがよかったです。生きていて、挫折はしたけれど何かを書こうとそれでもパソコンに向かっているという姿勢。
 個人的には飛行機が墜落して3人とも死ぬといった話ではなかったので、それがすっごいよかったなと思いました。ストーリーの途中ではありますが、その時点でかなり希望のあるハッピーな話なんじゃないかと。もちろんそれゆえに、なんとなく続いていた同人活動があっという間に崩壊したという話なんですが、自分にしてみれば、そこで3人が死ななくて本当によかったなと…。もしかしたらこの3人の誰かもう1人もいつか創作に戻ってくる可能性もありますし。
 飛行機の中のシーンは本当に強烈だし、ドーンと持っていかれます。もうダメだというときに、一番嫌いな会社の標語が結局出てきちゃって、それにすがるしかないという持っていき方もとっても上手だし、すごいエモーショナルに描けている名場面ですね。
 なんとなく暗い絵柄だし、手描きのアナログ感があるので、ちょっと陰な感じがする作風ではありながら…つまり死の匂いを感じさせながらも、死が出てこなかったということが、この人の持ち味かなと。すごく暗いタッチの作品なんだけど、キャラクターが可愛かったり、話自体も暗いようで実は明るい方向に向かっているニュアンスがあるので、不思議な魅力のある作品を読んだなという気がしました。

●意志強ナツ子 私はですね、この飛行機の墜落事故のシーンで……号泣しました。この作品は、私の人生の中でも大きい出会いでした。投稿作の中で私はこの作品を一番推します。一番よかったです。
 確かに拙さはあったり、前後が少し長くてだれるような感じはあったんですけど、それもぶっ飛ばすぐらい「泣いたしな~、泣いちゃったしな~」と。もう言うことはないんですよ。ただ褒め言葉しか出てこないです、これについては。漫画の歴史上の秀逸な短編に選ばれていいと思う。
 この話って、主人公は最初労働者で、労働しながら芸術をしているんですよね。同人活動ですが、私は「労働していた芸術家」として捉えています。それが、飛行機事故に遭って否応なしに死を突きつけられたことによって、思想の転向が起きているんですよ。思想の転向をこういう風に漫画で描いていることに、もう私は涙が止まりませんでした。主人公がどうしていいかわからなくなって、会社の標語の「5S」のスローガンを書きはじめた時点で「あ!これはやばい作品だ!」ってなりましたね。そして「ゼロ災でいこう」、ここがサビですよ。
 ともかく、5Sを書き始めたところでもう確信って感じでした。これやん!って、出会った…って感じです。私にとっては結末はけっこうどうでもいいというか。もうこれが描けたら、この後どのオチになってもいいです!みたいな感じだったんですよね。私はもう熱狂しすぎちゃってて、冷静に見れない状態になっているので、もしかすると冷静に見てみたら、最後の方はもうちょっと直すべきところはあるんだと思います。でももう涙が溢れていたから、読めていないですから…。
 私はこの作者が…ちょっと語弊があるかもしれないですがつくしあきひとさんの『メイドインアビス』のように、すごく壮大で大衆性があってかつ作家さん自身も描いていて楽しいような、爆売れする作品が描けるんじゃないかと思うんです。経済も動かせるし作家本人も幸せになれるような。本人が「売れたい!」っていう感じなのかはわからないんですけど。自分の考えているテーマに沿わせつつ、壮大なファンタジーを描けそうだと感じました。
 絵柄も、少し拙いけどちょっとエロくて、ファンもめちゃくちゃいそうな絵柄ですね。絵が拙いけどかわいいことはわかるような、ちゃんと読者が萌えられる絵になってる。このキャラ萌えができる絵もすごくよかったです。
 もうひとつ、受賞作を考える基準になったこととして「編集者と組んだ時にいい感じに変わる人」が私は好きで。やっぱり漫画って編集者と作っていくものだと思うので、編集者がいなくても1人でやっていきますっていう人よりは、出会いによって変わるような人に私は期待したい、というところがありました。それでいうと私はこの作品や、『魔法少女傭兵学校』『カラオケ王国新宿西口店401号室の30分』に可能性を感じました。人間が好きそうな感じがするというか。ちゃんと本人が描きたいものと、大衆にちゃんと受け入れられるものの、いい落としところがある気がしているのでそこを頑張ってもらいたいです。

[作品ページはこちら]
綿本おふとん『創作文芸サークル「キャロット通信」の崩壊』

 

【準大賞】

『豪雨を待つ 他』えさしか

クラスメイトに告白するチャンスを探している女子高生、運頼みで生きてきたガンマン、漂流中のクルーザー、日照りに苦しむアフリカの民、誰もが豪雨を待っていた。混じり合う物語の果ての景色。短編3作での応募。

【受賞コメント】
謹んでお受けいたします。これからは賞の名に恥じぬよう一生懸命頑張ります。
編集部の皆様ならびに審査員の先生がたにお礼申し上げますとともに、読者の皆様にお楽しみいただけることを心より願いまして、受賞者コメントに代えさせていただきます。


●意志強ナツ子 えさしかさんは多分、“私”っていうものよりも、世界の構造に興味がある方なんですよ。そういう話をずっとしてる気がしました。“私”というものを感じなかったので、世界を描くと同時に、そこにいる“私”も描く描き方だといいんだけどなとちょっと思いました。心や感情が突き動かされるといった漫画ではないので、そこで好みが分かれるかもしれません。そういうものが好きな人も絶対いますし作風を無理に変える必要はないと思うんですけど。
 この作品に限らず、最終候補作には読むのが難しい漫画が多かった印象でした。漫画とはなんぞやという話になってくるんですが、仕事ですごく疲れた時に頭からっぽでも読めるもの、というのが私の中の漫画の理想型としてあって。頭を使って文学的に読むものもそれはそれでエンタメとしても大事だと思うので、それは残しつつも、まずは馬鹿でも読める漫画が読みたいというのがありました。
 なので、私にとってはこの作品はやっぱり難しかったです。作品内でこの人の世界が完結しているので、そこに何か感想を持ちづらいというところがありました。でも単行本になりそうな感じはすごくありますよね。パッケージが見えてる感じ。

●榎本俊二  自分は意志強さんと全く同じ意見で、だから好きですね。構造や器を描きたいような、この人なりに世界の仕組みのようなものをかっちりと脈絡付けたもの。それは特に『豪雨を待つ』に一番表れていたと思うんですけど、こういう描き方をする人が自分は好きです。
 訳のわからないところもあるし、説明がもっと欲しいなと思うんですけれども、それはきっとこの人がしたくないところでもあるでしょうし、その範囲で説明もしてくれていると思います。それに納得できるできないという観点よりは、そういう話作りをするという姿勢が好きです。ふわっとした終わりの『商談』の結論づけていない感じも、解釈の余地がありすぎる童話や寓話のようなものを描きたかったのかなと。
 3作のなかだと特にこの『豪雨を待つ』は、打ちのめされるほどまではいかなかったんですが好きでした。ただ、好きなタイプの作品なんだけれども、作者の考えた世界の説明を最後に黒板で全部説明していくところは何かもう少し違った見せ方がなかったかな、と思う部分もありました。
 絵はかわいいなと思いましたね。ちょっと雑な感じにも見えるけどこういうタッチだろうと思うので、もっとしっかり描けとかっていうつもりもないです。

●トマトスープ 私はこの作品が、今回読んだ候補作で一番好きでした。作品の構造が巧みだなっていうのに尽きると思いまして。寓話として仕掛けのある構造が作られているのが面白かったです。特に『豪雨を待つ』の完成度が高くて、こういう複雑で入り組んだ話を作れるのはすごいなと思います。確かに最後の部分での説明は多かったんですが、でも「そういうことか!」と驚きで私はやられてしまったので。最後「豪雨を待つ」という言葉を「みんなで一斉に言いましょう」という感じで終わったところは、この終わり方以外ない、とシビれました。
 『をぐきがきぎし』はつげ義春の『沼』みたいな雰囲気もあって好きでした。作品の最後にもありますがこれは泉鏡花『高野聖』のオマージュなんでしょう。そこは確かに読むのに知識がいるかもしれないというのは思いました。知らなくても面白く読めるとは思いますが、これが面白くてもっと読みたいだとか、これはどういう意味なんだろうって知りたくなったときに知識がいるなというレベルでしょうか。私はもっと知りたくなって軽く『高野聖』を読みました。
 絵に関しても、最初はちょっと稚拙に見えたんですが、見ていくにつれ、この人すごく絵が上手いんだなと。これ以上の描き込みはいらないんだろうなと感じさせるような絵だと思いました。
 私はこの作品をすごく好きだなって思ってしまったので、逆にもう何も言うことがないくらい完成しているなと思っちゃいました。3作の中で唯一『商談』は他と比べるとちょっと尻切れトンボな感じがしてこれで終わっちゃうのかという物足りなさがありました。でもやっぱりもっと読みたいなって思わせるような漫画だなと思いますね。ポワ~ンとはしてるけど、途中まで面白く読んだので、オチとか付けなくてもそれでいいんじゃないのかなという気もします。
 この方の作品自体をまたもっと読みたいです。このぐにゃぐにゃする感じをずっと味わいたい。短編集みたいな形で出したら面白そうだし買いたいです。めちゃめちゃかっこいい装丁で出してほしい。

[作品ページはこちら]
えさしか『豪雨を待つ』

 

【榎本俊二賞】

『フラッシュ・ポイント』今井新

妻に支えられつつ無職生活を謳歌していたイマイは、高校をサボってイマイ宅に居座る義妹マシロと遊ぶようになる。ある日何気なく撮ったマシロの動画がバズったことで、平穏な生活は大きく傾き始める。230Pの大作。

【受賞コメント】
この度は名誉ある賞に選んでいただき、誠にありがとうございます。どんな題材でも、芸術への深い敬意と迷わぬ姿勢があれば作品として成立することを教えてくれたのは、榎本先生の作品でした。これからも、まるで嘘みたいな現実に圧倒されても、それを漫画でやり返して行きたいと思います。イエーイ!(バッバッバッ)


●意志強ナツ子 私はまずこの長さで最後まで読みきれて、かつ最後まで丁寧に書かれているところが、仕事として漫画が描ける方なんだなと思いました。前半少し退屈な展開は続くんですけどそれは構造上の理由だったのでそこは置いておいて、中盤で安倍元総理が撃たれるところで急にひきつけられますよね。何かが急に起こったって。多分この漫画を読んでいる読者の感覚と、現実がリンクするようなものがあったんだと思います。そして最後の方は一体何を読んでるんだっていうような、ネットミームが出てきたり怒涛のラッシュが起こって、そこもちょっと面白かったんですけど…。
 この作品はすごくクールでかっこいい作品で、私の中では『豪雨を待つ』と近い印象です。自我を出さないという点で私の漫画とは真逆の立ち位置の方という感じ。最後に起こる出来事のラッシュなんかは自動筆記っぽい感じで展開していったと思うんです。自我から離れることをよしとするような作り方というか。ただ、私の好みとしてはやっぱりもっと自我の部分、“私”が見たいっていうところなんですよね。
 “私”ということについて今話していて思いましたが、例えば今井さんが結局どんなことを言いたかったかっていう問いがあったとしたら「妻が大好き」ということになるんじゃないかなと思ったんです。「妻に捧げる」って書いてあるし、装丁デザインのクレジットにも「妻」って書いてある。この人は妻が好きなんだっていうのはすごく感じました。
 この作品は内容的にけっこう議論を呼ぶ作品なのかなと思って、その評価についてもすごく考えたんです。読んだ後に「これはどうしよう…」と考え込んだインパクトはありました。これは評価されそうだ、と思いつつ、私は『フラッシュ・ポイント』と『創作文芸サークル「キャロット通信」の崩壊』が対極にあるように思ったんです。日常があって、その日常が何かによって崩されていくという展開は同じなのに、こんなにも出方が違う。そこは自分の評価の分かれどころだろうと思いました。

●トマトスープ 私は全作品の中でこれが一番わからない作品だなと思いました。(別の最終候補作の)『脅威を追い払え』とかはわからなくてもいいんだって感じがしたんですが、これはわからないとだめな気がして。すごく政治的なものを扱いますし、何か意味があるんだろうなとは思うんだけど、それがよくわからなかったです。
 何度か読んで、唯一、この作品で何か言いたいことがあるとしたら、「個人を守るためにルールを変えるべきか、ルールを守るために個人を変えるべきか」という話なのかなと思ったんですね。主人公の義妹の学校のクラスという小さな世界でのルールにまつわる話と、デモという大きな世界に向けた行為が相似になっている話なのかなと。義妹からしたら、問題になった友人のためには自分だけが動けて、自分だけがもしかしたら友人の状況を変えられたかもしれないのに、そこに屈してしまって彼女が停学になってしまったので自分も自主的に休むことにしたっていう、すごくいい話。そこは全編を通して、一番わかりやすいストーリー性、メッセージ性があるなって。
 なんですが、その先で色々なモチーフが出てきて何かすごく目くらましをされてるような印象で、ストレートな表現に照れがある作家なんじゃないかなとも思いました。さらには河野太郎やアンデパンダン展が出てきたりとかの、このお構いなし感…こういうノリは好きは好きだったりもしますし、この方の応募要綱にある「漫画表現の幅を広げたい」といった心意気やよしと思ったんですが、さすがに表現は同人向きだなという気もするし、私はちょっとこの表現の強さに引いてしまったところもありました。
 そんなふうに、結局これ何が言いたいんだろう、私の頭が悪いのかなっていう感じになってしまって…。私が審査員でなかったらすごく評価された作品なのかもしれないと思ってしまうところがありました。

●榎本俊二 この作品は10人いたら10人が絶賛とはなりませんよね。どう考えても。でも自分の一推しはこの作品でした。
 意志強さんとトマトスープさんが指摘したその点で、自分は好きだなと。クールなとこがあるし、照れ隠しやはぐらかしもある。その辺の極みが凝縮された作品。しかもその凝縮をよくもまあここまで長編にして、最後まで描ききって。本当にクールの極みだなと。絵柄的にも人のぬくもりを微塵も感じさせないタッチ。でも逆にそれを極めてるので、ちょっとその先にある温かさみたいなものを自分は感じましたね。
 あとは単純に女の子がめっちゃかわいいんで、好感が持てました。女の子の顔が1種類しかないのは、そこはしょうがないかなと思うんですけれども。クールで感情の込められていないデジタルな線だけど、とても可愛さがにじみ出るタッチで、とても絵柄的に好きですね。
 漫画技術としてもただ単調に細かいところで見せてるだけではなく、ちょっとドラマチックなところでいきなり大ゴマを使ったり、部分的に絵柄をアンダーグラウンドなマニアックな感じに寄せたりとかっていうとこともありますし、色々と仕掛けも多いと思います。今回そういう仕掛けを巧みに使った作品が他にもあったなかで、これが一番徹底して作品として描ききった感があったので、自分はとても大好きな作品です。
 ストーリーに関しても、序盤から中盤に関しては大きな出来事はなく、普通にこの人たちはどうなっていくんだろう、というところから、中盤のテロに遭遇してからの展開の意外さ、そして誘拐されてその後めちゃくちゃになっていくという最後。せっかく組み立ててつみ積み上げてきた物語世界をぶっ壊す勢いのめちゃくちゃなラストにしてるじゃないですか。よくぞしたなと自分は思いましたね。これは作者がやりたくてやったんだろうなと。そこを描き切っちゃう作品が好きなので、ラストも含めてとてもよかったなと思いますね。
 とはいえ自分はラストはもっと別にあってもよかったんじゃないかっていう気も少しします。めちゃくちゃにするにしても、現状の終わり方はまだ少しクールでゆったりしてるので、もっと怒涛な感じで訳わかんなくてしてもいいかもしれないと。それは自分の趣味ですが。この作品の終わり方には松本人志の映画『大日本人』とかああいうものを感じましたね。最後で人を食った感じをやってしまうという。
 作品全体として成功しているかどうかはわからないですけど、とても大胆にやったなというところを評価しています。こんなコマの使い方とかページの使い方するのかという静止画だったり、ちょっと舞台装置じみた、アングルが変わらないシーンだったり、あんまり見たことのないような表現。最近あんまり見られないような古風な手法も何気にいっぱい取り入れているし、演出もその都度ストーリーに合わせて色々やっていたりして、漫画的に面白い見せ場が多かったですし、それが全ていい方向に転がってると自分には見えました。とっても面白かったです。
 主人公と女の子の関係もちゃんとリアルな感じで感情移入できる間柄ではありますよね。全部が非現実的なものではなく、現実的な説得力のある間柄だったり関係だったりシチュエーションを描いていながら、どんどん煙に巻くような展開に持っていくっていう話作り。きっと自分の経験が創作のベースになってるのは間違いないのかなという気はするんです。
 テロだったりデモだったりっていうようなスキャンダラスな政治的なネタを臆面もなく取り入れているのは、露悪的ではなく、キャッチーにしてる。それは全然いいなとは思いましたね。でも、いろんな話を広げてるわりにはかっちりと終わらせてるから、壮大なスケールの割には小さな話にも思えます。そもそも本人がスケールの大きい話を描きたかったのかどうかはわからないですが。
 こういう、少し煙に巻きたいスタンスで話を描きたい人は、頑張れば頑張るほど閉じこもった話になるっていうふうに自分は思っています。でもそれが悪いということではなくて、わかっていても挑戦して描き切ってという、自分はそういう姿勢が好きなのでよかったです。
 やっぱり『フラッシュ・ポイント』はフラットさが本当に突出していると思うんですよね。この読み口は他のどの作品にもないものだったので。そういう意味で大賞にふさわしいとも思います。この人の違うタイプの作品も読んでみたいです。

 

『こおりおに』初

飛行機の行方不明事故により恋人を失ったあかねは、以降SNSに執着して引きこもる日々を送っていた。ある日久しぶりに参加した同窓会で、あかねを気にかけ続けていた友人、雅に会う。その夜学校で行われたこおりおに。時が止まったままのあかねの心は雅によって動き出す…。


●意志強ナツ子 物語のテンポがすごくよくて漫画がとても上手いなと思いました。「固まっていた私を溶かす」というところを描きたくて、このこおりおにという題材を選んでいると思うんですが、そこに物語を運びたいんだろうなという展開は少し気になりました。スラスラ読める分、所々で「うん?」ってテンポが崩れるところがあって、「何か違和感あるセリフが急に入ったな」となってしまう。そういうところって、作家が物語を運ぶために入れたシーンなんですよね。
 作者はたくさん漫画を作っている方なんだろうなと思うんですけど、たくさん漫画を作っているとそうなるのもわかるんですよ。私もなりますし、気持ちもめちゃくちゃわかります。題材から作ろうとするとそういう事態に陥るんですよね。そこをどう乗り越えるかっていうのは、私もちょっと課題として持っているので。
 違和感があったのは、例えば飲み会が終わって夜中に母校の前を通り過ぎるシーン。「おー、なつかし」「…うん。」「何?どゆこと?」「母校なのよここ。うちら地元ここだから」っていうこのやりとりに、私ちょっとテンポを崩されたんですよね。このモブたちが質問してくれたことで雅はここが母校だと言うことができた。ここは作家の都合でこのシーンが入っているなっていうのがちょっとわかっちゃう。そういう細かい部分が気になりました。
 偶然ほかの作品ともモチーフがかぶりましたが、飛行機事故という結構ドキッとする話が出てくるのは、すごく興味をひかれました。これで何を言うんだろうって。私は飛行機っていうモチーフはすごく気になるんですよ。飛行機事故というちょっとセンセーショナルなモチーフですが、ありえない現実ではないじゃないですか。

●トマトスープ 私はこの作品があまり好きではないなと思ってしまいました。絵はすごくうまいですし、構図とかも凝っててすごく魅力があって、退屈して読むところはなかったんですよ。だからすごく漫画がうまい方だと思うんです。なんですが、正直この主人公が好きになれなかったんです。状況や周りに甘えて何もせずただ被害者っぽい顔をしているような感じがしてしまって。どうして他のキャラクターがこの子に興味を持つのかっていうのがちょっと今ひとつ私にはわからなかったんですね。モブの使い方もちょっと雑な感じがします。女の子に言い寄ってくるモブの感じなんかも単一目的にデザインされたキャラクターだなと。
 話全体として、最後にシスターフッドで終わらせたい作品だとしたら、あかねというキャラクターを主人公にするんじゃなくて、友達の雅を主人公にした方が絶対いいと思いました。この子は誰が見てもいい子で、性格のきついあかねにも手を差し伸べられるような優しい性格で、明るくて。この雅が主人公で、明るい子だったのに、恋人を失ってしまってもう立ち治れなくて立ち止まってしまって…という展開があって、最後にあかねが「今度は私が」という感じで手を差し伸べた方が、どのキャラクターにもスポットが当たって魅力が出たんじゃないかなって思ったんです。私としてはそういった意見でした。

●榎本俊二 絵柄的には候補作のなかでも特に上手で一番エンタメですね。メジャー受けするようなタイプの絵柄や見せ方だと感じます。自分の中からは一番出てこないタイプの作品だなという感じでもありましたね。
 自分もこの主人公が好きとかっていうのは特になかったんですけど、とても性格が破綻してるキャラなので、このキャラだったらこういう感じのセリフは言わないだろうとか、ここでこんな行動をとらないだろうという選択肢をつきつけられながら最後まで読みました。でもおそらくそれは作者が意図してやっているわけじゃなくて、作者が普通に描いたらこういう性格破綻キャラになっちゃうんだろうなと思います。なので、この人はサイコスリラーみたいなのものを描く方がいいんじゃないかと思いましたね。
 最初の始まり方がまさに何かサイコスリラーやサスペンスのような感じなので、人情ものにするよりは、そのままもっと恐ろしい話にした方がいいのかなとは思いました。普通に描いても結構ビリビリくるような性格破綻キャラが描けるので、ちょっとジャンルを間違えているのかもしれないなというふうに思います。得意ジャンルがきっとある感じがするんですけど、この作品ではドカンという感じではなかったかなという。
 トマトスープさんがモブの使い方についておっしゃいましたけど、確かにそうだなと思います。場面に応じてモブたちの性格がコロコロ変わって見えるので、居酒屋のときでは意地悪な感じでこれみよがしな噂話をしてるかと思えば、小学校に来ると結構いいやつみたいのがいたりとかして、読んでる方もちょっと心のベクトルの置きようが難しい。よくない意味で翻弄されてしまいますね。方法としてはありですが、やり方がちょっとまずってるのかなっていう。
 でも女の子のキャラとかはかわいいし、アップの絵も上手だし、すごく絵にアピールがあるのは強みだと思います。最終候補作の中だとトーチ漫画賞に応募してくるのが一番意外だったのはこの作品かなという気がしましたね。メジャーっぽいですが逆に目立っていました。

 

『二脳殻(エルラオコ)』9133

大学卒業後、アニメーターを志して大学院受験の勉強を続けている佳冬(カトウ)。両親からは夢を反対され、久々に邂逅した旧友は結婚を見据えていて、佳冬は「普通じゃない」ことに引け目を感じはじめる。ところがその旧友と、過去に地元を女装姿で歩いていた「二脳殻」の話になり…。


●榎本俊二 面白かったです。留学生の方の作品とのことで、日本語ネイティブの漫画とは少し違った漫画文法や言い回しのちょっとした違和感はありましたが、どちらかというとそれらはいい方に転がってるように思いました。コミカルなところがけっこうあって、グイグイと押してくる感じだったのが上手くいってるんじゃないかと。話的にちょっとイタくなりそうなところも、さらに押しきってその上をいく感じでちょっと笑っちゃうみたいな展開やエピソードがあったのでそれもとてもいいなと思いました。
 脚本・お話的には全部手近な所でオチをつけていて、ちょっと小さくなってしまった感はあったなと思います。話の展開の要因がみんな身内だったり。でもとても興味深く、キャラクターがそれぞれとてもよかった。「お前が言うか」というセリフをボンボン言ってきたり、その言ってるセリフがまたちょっと変わった言い回しだったりして。軽い感じのセリフだったり、ちょっとずれたテンポのセリフ回しが面白かったので、後半以降の会話劇は長めですが、自分にとってはあってよかったなという気がしましたね。
 この話は誰が主役なのかというのは少し気になりました。最初は眼鏡の主人公が話においても主役なんですが、終盤では主人公の友達とおじさんの方がメインで言い合いをしていて絵もその二人の方がお大きかったり。そういう意味では主人公がどんどんどんどん追いやられていった感じもあります。
 全体としてえも言われぬ不思議な面白みが溢れてる作品だったなと思いました。ストーリーも面白かったですし、絵も上手です。
 
●トマトスープ 面白かったです。すごく優しい作品だなという気がして。
 まずメッセージ性が分かりやすいので、こちらも受け取りやすい。異性装の話ですが、主人公の男の子がその当事者ではない設定で、当事者じゃない人が歩み寄れるという話が描かれているのがすごく優しいなという印象がありました。
 子供の頃に「変な人がいる」と言うことでその人を傷付けてしまったかも、という体験は誰にでもありそうで、そこがすんなり入ってきてよかったです。街に1人ちょっと変わった人がいて、後々大人になってあの人はどういう人だったんだろうと考えたりすることはあるだろうなと。
 一方で、最後の盛り上がりが会話劇として終わってしまっているのがもったいないなと思いました。すごく絵がうまいので、例えば、昔「二脳殺」と言われていたおじさんが「女の子の服ってとてもかわいいんだ」と語っているところは、文字だけにせず、おじさんが見ていた世界をちゃんと見せてほしいなと思いましたね。加えてかわいい女の子の服をちゃんと描いた方がよかったかなと思ったり。そういったところを少し工夫するとすごくよくなるんじゃないかと思いました。全体にもう少しドラマチックにできる気もするんですが、でもこの淡々とした温度感がいいのかなという気もしていいます。そこはやってみないとわからないですね。

●意志強ナツ子 あんまり見たことがない変わったテンポ感で、変わった漫画を読んだ気分にはなれたんですが、内容はよく言えば普遍、悪く言うと普通、のように感じました。あとは、物語の終盤での会話が続く感じが気になってしまいました。物語上大事なやりとりのはずなんですけど、それをセリフで全部言ってしまっていますよね。
 私はこの話の中で、おじさんが「(異性装が)自分の時代には認められなかったけど、今は認められていて、それを純粋によかったねって思えない、なんか辛いんだよ」っていう、あのシーンがすごくぐっときたんですね。ぶつけどころのない怒りっていう人間としての一番深いところが感じられたんです。でも、それを経ての終わり方はすごく綺麗で、このラストはこの作家さんにとって本当に正解なのかな?と気になってしまいました。何か深いことをすごく描けそうなのに、最後でただ優しくなっちゃったな…という感じがして、人間のドロッとした部分が好きな私には少しもったいなく感じてしまったところでした。

 

『脅威を追い払え 他』根茎葉

男子高校生は夜道で脱走した虎に出会う。突然現れた脅威を目の前に、高校生は飼育員と虎を捕獲しようと試みるが…(『脅威を追い払え』)。自転車に乗った男は落ちた隕石を目指しひたすら自転車を漕ぐ。しかしいつまでも目的は近づかず…(『全ては過ぎ去っていく』)。他3作。


●意志強ナツ子 すごく絵が上手いんですけど、コマが窮屈でフキダシも小さいので、単調で目が滑ってしまう感じがあって、何かそのせいでストーリーが頭に入ってこない感じがしました。コマの中の絵をすごく頑張って描いているのはわかるんですけど、1ページ全体でもうちょっと見せてほしいなと思いました。この絵とコマがこの人の個性っていうことでもあるんですが。
 読んでいて、今は集中できていないけど、多分次のページは引きつけてくれるだろう、どこかで集中できるタイミングが来るんじゃないかって思いながら読むような感覚で、ボーっとしていたら頭に入ってこない感じがありました。頑張ってこっちから迎えにいってあげなきゃいけない感じがあって。なので、申し訳ないんですが、内容がなかなか入ってこなくてわからなかったんです。ぜひ他の方の解説を聞いてみたいです。

●榎本俊二 これは読んでいてイライラする漫画でしたね(笑)。多分、絵柄的なものもあるんだろうと思いますけれども、出てくるキャラクターが本当にもう癇に障るような描き方で。セリフ回しもそうですし、表情一つとっても、もう本当に読んでいる人の、悪い琴線を振るわせるというか。
 だから、それをやりたい作家だとすればそれは大成功してるとは思うんですよ本当に。キャラクターたちもイライラした感じのやり取りをしてますし、そういう神経症的なものをどんどん積み重ねていって、読んでいる方もすごくイライラさせられるっていう。
 あとは『全ては過ぎ去っていく』という作品の、ちょっと丸尾末広作品的な、目があっち向いてるという斜視な感じ。このキャラクターが基本そうなのかなと思ったらそうじゃない絵もあるので、これは一つの手法なんですよね。自分もたまに少し瞳をずらしたりっていうのはやるときもあるので、それ自体はわかるんですけれども、そういうのも含めてイライラさせてくるのが持ち味の作者なんだなと。
 絵は爆裂的に上手いと思います。この白黒だけでよくぞまあこれだけ描けるなという。どんな情景も一発でわかるし、意外に単調なアングルじゃない。あおりとか下から見たりとかっていうような結構難しいアングルとかも描けてますし、虎とかチャリンコとか、漫画家だったら避けて通りたいようなモチーフをガンガン出してくるのもすごい意欲があって、絵的にはとても技術のある人だなと思います。ストーリーとかは自分の胸にくるものがなかったんですが、絵柄的なところですごいなと思いました。
 自分の好みとしてはやっぱりかわいい絵が好きなので、あまり手に取らないタイプの、かわいい方ではない絵ですね。多分アメコミとかの影響もあるんだろうなっていうふうに思うんですけれども。でもアップより、めっちゃロングのちっちゃいキャラクターの方が結構キュートな顔でかわいかったりとかして。アップは本当にもう…ここぞっていうときのアップはよくもまあこんなに癇に障る顔を描けるな…っていうぐらい、そこは上手いと思います。
 気持ちを持っていかれたところはちょっとなかったですけれども、すごいところもたくさんある作品だなとは思いました。話としては自転車の話、『全ては過ぎ去っていく』が一番よかったですね。ちゃんとしっかりオチもあってムードもあったし。

●トマトスープ これはすごく完成度が高いというか、この人の世界を描いてるんだなっていう感じがしました。すでに完成度は高いので、それが乗るか反るかっていうところだと思います。ほんのりホラーだったり、変な話のラインを描いたらすごくうまい方なんだろうと思いました。
 ストーリーは結構難解なんですけど、この作品からは何かメッセージとかを受けとったり、これが何を表しているんだとかは考えなくていいんだろうなっていうふうに思えて、ただこの世界を楽しんだり見ればいいんだという感じがしてよかったです。特に『図書館で』と『勝手にしやがれ』ば露悪表現じゃないですか。こういう露悪表現を楽しんでくれっていうものなんだろうなと思いました。
 『全ては過ぎ去っていく』は確かに一番よかったです。なんだかブラックホールに近づくほど時間が引き伸ばされていくような感じで、目的地に近づくにつれ主人公の男の子の時間だけが引き伸ばされていくような不思議な感じが面白かったですね。
 『脅威を追い払え』は途中でこの高校生は何がしたいんだってなってしまってちょっとよくわからないところがありました。一方、『図書館で』『勝手にしやがれ』はわかりやすくて読みやすかったです。
 作品間のリンクが少し感じられるものもあったりして、詳しくはちょっとわからなかったですが、すごく技術のある作品だなと思います。絵で言えば、多分今回読んだ作品の中で一番上手いんじゃないかなと思うぐらい。流行りの絵柄ではないですが、すごい魅力のある絵柄だと感じました。図書館にいる生徒たちの絵とかも、必要ないところを白抜きにしていて情報量の整理が上手い。さっきアメコミと言われましたが、むしろこれはバンドデシネっぽいんじゃないかなと思いました。

 

『カラオケ王国新宿西口店401号室の30分』双葉すずき

2008年の新宿のカラオケ店に隠れていたシシオとその姉は、彼らを追う何者かに捕まってしまった。しかしシシオの能力により歪んだ時空で、カラオケの隣の個室には10分後の自分たちが存在することに…。横並びに続く10分後の部屋を利用してシシオたちが追手と戦う30分の出来事。


●榎本俊二 とても面白かったですね。『豪雨を待つ』にもちょっと似たような感じの感想なんですが、世界を俯瞰して、きっちりと自分なりの脈絡や法則に従って、それをしっかり作品の中に反映させて独自の説得力を持って話を作っている。奇を衒った感じのいろんな手法を取り入れたりもしてますし。きっとパズルを合わせるようにいろいろ組み合わせて描いたんだろうなっていう苦労を感じて。
 自分は読みながら細かく辻褄が合っているかという確認は特にはしてないんですけれども、作者がそういう苦労をちゃんとしたうえでしっかりと終わらせてるんだろうなという話ですよね。しかもこういう凝った構造の作品でちゃんとストーリー展開を最後まで読ませられている。絵もかわいいし、単調じゃないし、キャラクターも面白いし、ストーリーもちゃんと練ってあるし、面白かったなと思います。もうちょっとダラっとしたらやばいっていうギリギリのところで、ちゃんと35ページでこれだけの話を短くポンとまとめたその完成度もいいなと思いましたね。
 ただ、丁寧な説明が――例えば時刻がページに振ってあったり、この時間にこの場所であったことが後に反映されて、それによって~という時系列的な脈絡をつけているがゆえに、窮屈な息苦しい作品になってるなっていうのも事実ですよね。全てを理論づけて話を作ってるからこそ、得体の知れないものが入る余地がなくなってしまうので、壮大な話なのに逆に小さいイメージの読み口になってしまう。とても小さな箱庭的な話を読んだなという気になりました。でもこれは、こういう作品をしっかりと完成度高く描こうとするときの宿命なのでしょうがないとも思います。自分はこういうことに挑戦する作品やその姿勢がとても好きなので、読めてよかったなというふうに思いました。
 この人は、ストーリーを描きたいというより、カラオケボックスを中心にした入れ子の状態と、そこに誰かを放り込んだらこういう状況が起きて、その作用が反映されてループするというようなシチュエーションを多分描きたかったんだろうなと思います。詳しく読むと、この時のキャラクターの反応はおかしいんじゃないかっていうところで説得力が揺らぐ瞬間はたくさんありましたけど、そこはなんとなくワーっみたいな感じで読み飛ばせたというか。しっかり土台を固めたSF作品にはなってないですが、狙いはそのシチュエーションを描くことなんだと思いますね。
 こういう仕掛けがいっぱいある作品って、いちいち読み手の勢いを奪っていくものでもあるので、本当に難しいと思います。自分はそういうのも大好きだし、ましてや自分でもそんなのばっかり描いているので「やめなさい」とは言いがたいんだけど、なかなか茨の道というか獣道ではあるなという気がします。でもそこをわしわし歩いていこうという気概のある作家は応援したい気持ちがありますね。こういうのはやればやるほどこなれていくものでもあると思うので。

●トマトスープ 勢いがあって、飽きずに読めた作品でした。面白かったんですけど、やっぱりちょっとごちゃごちゃしてる印象があって。カラオケボックスの閉ざされた空間の息苦しさがそのごちゃごちゃの要因なのかもしれません。ともかくちょっと説明が多い印象でした。『豪雨を待つ』と大きくは同じ系統な気がするんですが、『豪雨を待つ』の方が構造がうまいなと思えるところがあって、この作品はちょっとまだ未熟なところがありそうな気がしました。ただ作者はすごく若い方なので、この先どんどん上手くなっていく一方だなと思いますね。
 回想シーンで少しだけほのめかされますが、主人公たちの目的がよくわからなかったのが入り込みづらいところでした。この子たちはなぜか何かから逃げている。その何かを説明しきる必要は全くないんですが、もう少しこの2人が何をしたいんだろう、どこに向かっているんだろうというのが示されていたら、よりこの子たちを応援できたり、ハラハラ感みたいなものが出たかなというような気がしました。追いかけてくる人たちについても同様です。そのあたりはちょっと勢いでごまかされているようなところもあったように思うので。でも、30分以内に部屋を出ないと閉じ込められてしまうというのが最後に示されるのは面白い構造になっていたので、そこは動かす必要ないと思います。
 部屋が無限に続くモチーフってSFとかによくあると思うんですけど、そのシチュエーションにしてはここまで騒がしい雰囲気は珍しいような気がするんですね。そこはよく言えば新しいかもしれないですけど、悪く言えば、その設定の「らしさ」を出せていないというところもあるかもしれないなと思いました。

●意志強ナツ子 面白かったです。35ページというページ数でよく収まっているなと思って。私は特に言うことないぐらいまとまっていていいなと思いました。
 構造の面白さとギミックの遊びは『世にも奇妙な物語』のような怖さもあったり、情緒の部分も「お母さんがよく歌ってた曲だ」の回想のシーンで入れようとしてるんですよね。ここはギミックだけで終わらないものを作ろうっていうすごく好感が持てる作り方をしてますよね。で、キャラがかわいい。
 こういう構造が面白い作品、ギミックの面白い作品だけで短編集を集めて単行本が1冊作れそうですし、連載するにしてもループものとかを頑張って作れそうだし、なんとかデビューしてほしいなと思います。多分もっと上手くなると思うんですよ。この方はすごく向上心がありそうな気がします。

 

『貫通』高杉龍斗

線を引く仕事に従事する主人公は、職場の同僚から「新たなる地平」という団体で行われる「貫通」という儀式に誘われる。その会場で出会ったのは、以前街で主人公に親切にしてくれた女性だった。生きづらさを抱えた者たちが集まる場で、主人公は「貫通」を体験する。


●トマトスープ この作品は普遍的なことを描いているのかなと思っていて、現実に置き換え可能なことをわざわざこんなかたちで描いているんだと理解しました。
 主人公はすごく単調な日々を送っていて、なんとなく不満がある。この女性――「人に親切にすると口から蟻が出てしまう」という女性も、現実に置き換えると例えば人に親切にしたときに照れてつい皮肉を言ってしまうような人なのかなと思って。そういうなんとなく生きづらい人たちが集まって儀式のようなセラピーをしているという理解をしたんですけど、そうなってくるとラストがちょっとよくわからなくて。
 多分主人公が気になっている女性は別の髭の男の人の方に行ってしまったんですが、ラストで主人公がいつも座っていた机には、蟻が1匹浮いているマグカップと女性が口にしていた器具が置いてあって、さらに毛のようなものもたくさんある。これが何を表しているのかなっていうのがちょっとわからなかったと思いました。女性にあったホクロが最後に主人公にもあるので、二人は合体・融合したのかな…とか。これがわかれば何かストーリーがはっきりわかりそうな気がしました。
 あとは、主人公はなんとなく不満なんだろうなっていうのがわかるんですが、ここに至る明確な生きづらさみたいなものがもう少し明示されてもいいのかなと思いました。このアヒルを貫通させることで彼は自分の中に変わるものがあるという話の、そのアヒルが生きづらさの何を表しているのかを、この話ではもう少しわかりやすくしてもよかったのかなと思いました。
 質感がはっきり出ていて、現実にありそうでなさそうな建物だとか世界観がすごく好きですね。施設の中に入っていくところの1枚絵なんかは、こういう壁画とかありそうでいいなと思いました。絵の魅力がすごくある作品だと思います。
 一つ一つのモチーフに意味があるんだろうと思うんですけど、その絵解きが今ひとつできないあたりは、もうちょっと知りたかったなと思いました。

●意志強ナツ子 私はちょっとストーリーはよくわからなかったんですけど、8P目で出てくるオナニーの機械みたいなのがめちゃくちゃ気持ちよさそうですごくぐっときたんですよ。この人の描く絵柄自体もエロさがあって。私はちょっとストーリーはよくわからなくて飽きちゃうんですけど、エロいから読めちゃうっていうのがありました。この人の描くエロが読みたいんですけど、そういうのは描かないのかな。この人がエロを描いてくれたらお金出して買いたいですけどね。
 この人の作品はアートだけに収まらないヌキにまで発展するエロがちゃんとあると思うので、そこを攻めてもいいんじゃないでしょうか。

●榎本俊二 懐かしいタイプのシュールな作品ですね。作者の年齢とか関係ないにしても、若い方なのにちょっと古風なテイストも感じさせる。それがいいとか悪いとかではなく、すごいなと思いました。絵に関してはとてもよかったです。よくぞという感じ。好き嫌いは分かれるかもしれませんがとてもいい絵だなと思いました。
 話は古風なところがありますね。不条理ものではよく、主人公が訳のわからない世界に入り込んで翻弄されている時にいろいろ導いてくれるしたり顔のキャラクターってのが必ず出てくるんですけども、この髭の男なんかはまさにそれで、そこも伝統的だなという感じがします。
 オチに関しても、訳のわからない不条理がそのまま混沌としていった結果何かが破綻して、その後の日常を送る主人公の心には何か確実に影のようなものが残っている…っていうような感じなので、物珍しいところは何一つなかったようには思いました。奇を衒っているような不気味な話ではあるんですが、もっともっと驚かせたり魅せてほしいなっていう気持ちにさせられるところではあります。絵がとてもいいので、もっともっとこの人のすごい絵が見たいですね。シュールなもっとグロいやつがもっとあってもいいかもしれません。冒頭に出てくる便器を模したオナニーマシーンを上回るものが後半ちょっとないのは残念だったかな。これはよかったですよね。

 

『魔法少女傭兵学校』阿部木瓜

未知の生物兵器「竜」は物質の驚異的な再現能力をもって、かつて星の半分を覆い尽くしていた。人間も「魔法」を手にし、竜の討伐が可能となった現在、魔法少女傭兵学校に通う屋四凪トアは、自身が竜と人の間に生まれた子どもであることを隠し続けていたが…。80Pの大作。


●トマトスープ これはちょっと懐かしい感じの作品。こういうタイプのハイファンタジーなものって昔からありますが、いつの時代もメジャー路線ではなかったという気がします。いつの時代にも底流として流れていて、いくらあってもいいものだなと感じていて。私はこういう作品の雰囲気がすごく好きだなと思いました。
 作品としては少しだけ未熟さを感じて、一度メジャー路線の作品の勉強をしてみてほしいと思いました。この作品にはちゃんとしたストーリーがありますが、世界観の説明ですごく手間取っている感じがして、そのせいでキャラクターの魅力を出しきれていなかったり、ちょっと目が滑るところがあったりしました。
 絵の構図やコマ割りも、何が起こっているのかよくわからないうちに話が進んでしまって、「あれ、さっきまでそこにいたような気がするのになぜこうなってる? これは回想なのか、話が進んでるのかどっちなんだろう?」となってしまったりしたので、そういう部分が整理できたらハイファンタジーとしてより楽しめる作品になるんじゃないかなと思いました。例えばキャラクターに寄っているアングルのあとにカメラが引いて大きな全景が見えるシーンがあったとしても、元いたキャラクターがその絵のどこにいるのかがわからなくなってしまって、カメラが引いた意味があんまりなくなっちゃっていたりとか、そういうのが一つ一つ積み重なって読みにくくなっている気がします。
  主人公のキャラクターはかわいいし、サブキャラクターのうどんくんも不思議な存在で面白いですし、この世界における主人公の設定もすごく魅力的な気がするんですが、ちょっとそれが説明しきれてない感じも残念だなと。
 主人公は途中で普通の魔法少女ではないことがわかって、実は彼女は半分竜のような存在で本当の望みは今いる場所から逃避して自分と似た者たちがいる集落に逃げていくことだった、といったストーリーになっています。その時に主人公が人間の味方をするのか竜の味方をするのかっていうところの逡巡と、そのうえで竜を選んだという選択をもっとわかりやすく描いてくれたらすごくいい作品だなと思いました。最後のモノローグに出てくる「許される」という言葉も、主人公が竜の視点として描かれていることがわかると響いてくる。
 人間対人外で対立する物語のときに人間虐殺エンドってバッドエンドにされがちじゃないですか。でもこの作品では多分そんなにバッドエンドではないと思うんです。この子は人間と竜たちの橋渡しになろうとはしていない気がするし、この子らしく生きられる場所を探してるんだろうな、そしてそれはこの子にとっては人間の世界ではないんだろうなっていう。そういうものがもっとうまく描かれていたらもっといい作品になっただろうなと思います。
 また、タイトルの「傭兵」は語呂のよさだけで言っている気がして、傭兵ってそういうものじゃないような気がするとは思いました。

●榎本俊二 ちょっとわかりにくい話でした。絵がかわいいし上手なので読み進められるんですけれども、ストーリーの吸引力で読み進むというよりは、なんとなくコマ運びで後ろから追い立てられるような感じの読み方で、自分はある種の努力を必要としました。キャラクターやストーリーの吸引力が少ないので、読みながら「なるほど」とか「頑張れ」とかっていう気持ちになかなかならず、そこは自分にとって読むのが難しかったなという気がします。ぶっきらぼうな感じの感情のないキャラクターたちなので応援したりとかっていうのもなかなかちょっと難しいんですけど。
 妖精が頭に住んでいるというイメージも、とてもたまらないものがありながらも、結局これが何だったのかわからないまま最後まで読んでしまいました。
 全体的に暗い話ですが、文字通り真っ暗な絵のページがいっぱいあって、ちゃんと描き込んでるのにこれだけ暗くするのは最高にいいなと思いました。演出的な部分でもとてもぐっとくる瞬間が多かったので、そういう部分はこの作者ならではのたまらないところがありました。
 絵の点では本当にいろんな構図も使っていて上手ですし、この世界観をちゃんと表現できているかなという気がしましたね。

●意志強ナツ子 この人はフェチの作家さんだなと思うんですけど、質感だったり匂いとか、五感を絵で表現するのが好きというかすごく上手ですよね。
 話はけっこう頑張って読んだんですが難しかったです。難しいながら、途中の「魔法がまた使えるようになるよ」というシーンで物語が動き出したなと思ったんですが、そこからまたさらに専門用語や謎がどんどん出てきて、途中でついていけなくなるところが出てくるんですよね。それでも何とか頑張って読みました。
 で、最後まで読んだら、冒頭のナオタロウのビデオのシーンに戻るじゃないですか。壊れていたビデオが直って再生されるわけです。この一番最後のセリフとモノローグを読んだときに「こんなにいいテーマの話だったの!?」と驚きました。「僕たちにできるのは贖罪と、罪を背負って生きてくことだけだ! 謝りに行こう! オレも一緒にいくからさ!」「この手を取ったなら、それは罪業の証」「ガンガンガガン 時計の針が一周すれば オレたちは、オレたちによって許される」私にはちょっとこのテーマがよすぎて。
 そんな話とは読みとれていなかったんですが、もし本当にこのテーマが描かれてたんだとしたらめちゃくちゃいいと思います。読者も最後に一緒にこの感情になれていたら一番いいですよね。
 ファンタジーの設定とかを作り込むのはすごく上手だと思うので、ところどころで「この話には何か大事なことが描かれている気がする」っていう引きがあるといいなと思います。『ドロヘドロ』『大ダーク』の林田球さんとか、そういう感じの作風にもなれそうな感じがします。絵がすごくうまくて設定も作るのがお好きでっていう人。こんなに描ける人はなかなかいないと思うので、あとはストーリーかなと思いました。