トーチ

2026年7月11日 土曜日

最後の手段『えんちゃんち』編集後記


今年も、気づけば折り返しを迎えた。

私の2026年は、1月にビデオチーム・最後の手段さんにとって初の漫画作品となる『えんちゃんち』を刊行したところから幕を開けた。

発売直後、作品を読んだ母からこんなメッセージが届いた。

私は、それはそれはよく泣く赤ん坊だったらしい。
生まれたばかりの頃も、病院で私がひとたび泣き出すと、まわりの赤ちゃんまでつられて泣き出してしまい、看護師さんを困らせたと聞く。

家で夜泣きが始まると、日々夜中まで絵の制作に打ち込んでいた父がすぐにやって来て、私が眠るまであやしてくれていたそうだ。母は美談として、今でも年に一度くらい、この話をする。

父は、漫画家なので、ずっと家にいた。
1990年代、バロン吉元は突如寡作となる。その理由のひとつには、間違いなく私の誕生があった。朝から晩まで、父と、母と、過ごしていた。

物心がつき、幼稚園で社会に触れるようになった私は、一気に塞ぎ込むようになった。

外でためこんだフラストレーションの反動として、家の中ではお転婆全開な私を、父は毎日散歩に連れ出してくれた。

お〜手〜テンプラ♪
つ〜ないデコちゃん♪
野道を行けバリカン♪
み〜〜んな♪
カキクケこんにゃく♪
み〜そづけ〜ラ〜ッキョ♪

散歩の道中、いろいろな替え歌を聞いた気がするが、童謡「靴が鳴る」をもじったこれがいちばん記憶に残っている。後になって、父が1970年代に『週刊少年サンデー』で連載していた『黒い鷲』を読んだ時、同じ歌が登場していてびっくりした。

父と私は、毎日、家の近所を歩きまわって、最後には必ず家に戻ってくる。
行き先のない散歩は、歩みのすべてが帰り道だ。

✴︎

『えんちゃんち』は、えんちゃんを保育園に迎えに来たお母さんとの「帰り道」から、物語が始まる。

でも、その日はいつもとは違っていた。
家に帰る前に、突如として天災に見舞われてしまう。

5歳のえんちゃんの時間は、赤ちゃんの頃へと戻っていく。
あふれるよだれと好奇心のまま、えんちゃんはうごく。えんちゃんはたべる。
小さなからだに宿る、なによりも大きなちから。
ページをめくるたびに、えんちゃんの成長を通した「破壊」と「創造」が往来する。

最後の手段のメンバーであり、『えんちゃんち』の作者である有坂亜由夢さんは、育児に向き合う日々のなかで鉛筆を手に取り、成長がひらく未知の眺めや、言葉に先立つ神秘を次々と描き留めていた。
そうして生まれた作品が、『えんちゃんち』である。



私たちは、なぜこの世に生まれてきたのか。原因を辿ろうとしても、なにひとつわからない。

父と母が最初に交わした言葉はなんだったのか。
死んだ祖父母は、お互いのどんなところが好きだったのだろう。
氷河期、ぶっちゃけどんだけ寒かった?

生き抜いた命は、どこからどこへ向かっていたのか。

そうした問いは、円を描くように、原因も結果も同じ軌道の上に置かれていく。太陽系の軌道よりも、もっともっと遠く、果てしない先のどこかへ。

この世に生まれてからの道のりは、そのすべてが帰り道なのかもしれない。
人は目的地なく生まれ、どこかに向かい続け、死に至る。

『えんちゃんち』は、かつて誰もが触れ、そして誰もが知らない、命の始原を描きだす。
正気を失ったこの世界で、私たちが歩む「帰り道」。
これまでの子供たちと、これからの子供たちのために…
有坂さんの作品と出会い、僭越ながら本気でそう思いながら編集した一冊である。
ぜひ読んでみてほしい。

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かつて父と歩いた散歩道の先を、今日も私は歩み続ける。
えんちゃんは今もどこかで、火山のように泣いている。

青山ブックセンター本店での刊行記念展にて、設営終了後に有坂さんと。

担当編集 エ☆ミリー吉元