トーチ

2020年5月25日 月曜日

『自転車屋さんの高橋くん』単行本化記念特集/あらゆる場所に高橋が…①信藤の高橋くん

<バツイチ子持ちの高橋くん>

私は高橋くんが嫌いです。
高橋くんとの出会いは高校入学して間もない頃。教室の一番後ろで誰とも話さず、いつもガン飛ばしまくっていました。身長が190cm近くあってデカイし怖いしヤンキーだし、正直関わりたくないなと思っていました。

ある日友達(ギャル)の家に遊びに行くと、高橋くんがめちゃくちゃ不機嫌そうにタバコを吸っていました。怖っ!つうか、いるって聞いてないんですけどぉ〜〜…。嫌だなあと思っていると、友達(ギャル)はこう言いました。

「高橋、友達ができなぃから学校やめたぃんだって。可哀想だから、ぁたしらがダチになってぁげょ」

高橋くんは相変わらずぶすっとしたオーラを放っていましたが、私の友人(ギャル)にそんな心の悩みを打ち明けていたなんて…。態度と図体がでかくて威圧的だけど、実はただ根暗なだけなのかもしれない。

私がタバコを吸ったことがないと言うと、高橋くんは自分の吸いさしのセブンスターを吸えと強要してきました。あまりにしつこいので嫌々口にして盛大にむせていると、初めてとびきりの笑顔を見せてくれました。うん、やっぱり怖い。

それからの高校3年間、私と友達(ギャル)と高橋くんはほぼ毎日一緒にお昼ご飯を共にしました。最初の頃、高橋くんは傷ついた野生のオオカミのように繊細で面倒臭く、幾度となく「もうちょっとシャキッとできないのか」と息子に体育会系のノリを強要する父親のようなことを言ったかわかりません。文化祭の時、「中学ん時のダチ」と少年院出たてホヤホヤの男子を紹介してきて、またこの男がウシジマさんが経営する会社で働いているようにしか見えない出で立ちで本気で恐怖を覚えたことも、今となってはいい思い出です。

高橋くんは、最後まで高校をやめませんでした。歌舞伎町の新人ホストのような格好で卒業式に出席し、仲のいい友人らと一緒に写真を撮りました。あれから10年経つ今でも、年に一度はみんなで飲みに行ったりするような仲です。

そんな高橋くんが、3年前にできちゃった結婚をしました。友人らとビアガーデンでお祝いをしました。そして、翌年に離婚しました。

人に迷惑をかけてはいけない、仁義と誠意を持って人に接しなければ、言動に責任を持たなければ…私は対人関係においてすごく臆病な人間なのですが、高橋くんはそんな私をあざ笑うかのように、全てのことにおいて無責任な生活を送っています。結婚しても、離婚しても、子供がいても、何も変わりません。飲み会に誘えばいつでも飛んで来て、毎週末渋谷のクラブで遊び明かし、そこで出会った女の人の家に転がり込んでは別れを繰り返しています。高橋くんの周りにはいつだって誰かがいて、彼を気にかけて世話をやく人がそばにいます。

正直に言います。めちゃくちゃ納得できない。

この世の人間は、〈与える側の人間〉と〈与えてもらえる側の人間〉の二種類に分けられます。高橋くんは、完全に〈与えてもらえる側の人間〉なのです。離婚歴があっても、子供がいても、キャリアもお金もなくても、彼は許されるのです。そして、彼はそんな自分自身を許せてしまうのです。実家でお母さんにご飯を作ってもらい、家事育児養育費を免除され、離婚歴があっても常に恋人がいる。私が持っていないものを、高橋くんは全部持っている。

すっと伸びるような長身とサラサラヘア、松田翔太にそっくりな顔の高橋くん。
おっさんの偉そうな訓示が大好きで、無教養なのに文化人ぶってる高橋くん。
大人にならなくても許されて、愛してもらえる高橋くん。

私は自分のダメな部分を絶対に許せないし、愛せないっていうのに。

私は高橋くんが大嫌いです。
私は高橋くんみたいになりたかった。

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<『自転車屋さんの高橋くん』推薦コメント ものすごい愛の物語>

愛憎入り混じったエピソードを長々と書いてしまい、大変失礼いたしました。担当編集の信藤と申します。『自転車屋さんの高橋くん』は、もともと松虫さんがnoteで自主連載されていた作品です。この素晴らしく面白い作品と出会えたことに感動し、すぐさまメールをお送りしたらあれよあれよといううちに連載、単行本化という運びになりました。さらっと書きましたが、私がもっとこうしてほしい、こういうところが見たい、花火をぶち上げてほしいとか色々と口出ししたことについて松虫さんが辛抱強く、真摯に向き合ってくれたから今こういう形になったのです。本当に、とてもありがたいことです。

私はこの作品を読んでいると、シンディー・ローパーの名曲「time after time」が頭の中に流れます。“もし自分を見失ったり、挫けることがあっても、きっと私が受け止めるから、何度でも何度でも…” そう、松虫さんは、ものすごい愛の物語を描いているのです。

そんなことで悩んでいるなんて、いい歳してみっともない、そんなんじゃ社会でやっていけないよ…世間の人々は悩んでいる人に対して結構手厳しい。正論風な言葉をかざして、馬乗りになって殴ってくる。パン子のように自信のない人間が「アッすみません…自分、畜生なもので」と異様に下手に出るのは、少しでもその拳から逃れたいがためです。でも遼平くんは、パン子自身がダメだと思っている部分を知っても、「ふーんあっそ」というテンションでいます。これ!!!ここ!!!!! ここが最重要ポイントなのです。

傲慢な人間だったら「もっと努力したほうがいいんじゃない? 向上心大事↑↑」とほざく事でしょう。遼平くんは違います。「OKキミはそういう部分もあるんだね。それでも最高にキュートだよ(※作中にこのようなセリフはありません)」と言わんばかりにパン子のことを許容しまくります。これを愛と呼ばずに、何と呼びましょう。

ネットフリックスで配信中の「ル・ポールのドラァグレース」という番組で、司会のルーが毎回言うセリフがあります。「自分を愛せなきゃ、誰のことも愛せないわよ」…いや〜、確かにそうなんですけどぉ…ダメな部分もひっくるめて自分をよしよししてあげるのって、難しくないっすか?まず誰かに愛されたい、無条件に愛されたい、そこからちょっとずつ自信をつけていきたい。ルーの言葉は、生後まもない人間の赤子に「サバンナではみんなそうだから」と即歩行することを要求するようなものです。ずり這いからやらしてくれえ!

人のいいところ、悪いところ…それらに言及せず、全てを受け入れることはとっても難しい。でもそれをさらっとやってのけている遼平くんは、ものすごい愛と父性と母性の持ち主なのです。パン子、いい男捕まえたな…一生離すんじゃないよ。

(担当編集・信藤)

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